2012年06月11日

レバ刺し禁止令の拙速

 個人としてはレバーは食べないのだが、世のレバ刺し好きには堪える省令だろう。
生レバーの中にO157などの大腸菌が存在しているものがあり加熱以外で殺菌できないことだからだという。疑わしきは規制というのが手っ取り早いし、天下り先確保で省益にもなるし、放置して死者が出て世間から責められるよりはいいという、役所にとってはこの上ない結論だ。だがあまりにも拙速な判断であることは間違いない。レバ刺しで死者中毒が出たことはここ十年ないというのだから、慌てて省令をだすこともあるまい。検証する時間はあるのだ。
 全ての生食はゼロリスクなどということはありえない。それどころか食品が100%安全であることなどあり得ない。こんな単純な思想で禁止令を出したのでは、生食などこの世から消えてしまう。
 事の発端は、ユッケ中毒死事件である。これは悪徳飲食店が利益を貪るために起こした事件であり、即座に一般化して全てを規制すべき問題ではないはずである。問題の設定を間違えている。
 このおかしさはちょっと考えて貰えれば分かる。100%の安全を要求しているからである。こういった考え方に立つなら、理論的に言えば、原子力発電所など即日破棄となるだろう。一方では100%ではないにしても必要だからといい危険きわまりない原発(処理できない高い線量廃棄物を含む)を推進し、他方では犯罪によって引き起こされた特殊な事件によって完全禁止してしまう。しかも生食文化などなくなっても社会に利益はないかのような判断だ。

 このバランスの悪さは何だろう。

 人の基本は自由である。だがこれを上手く利用できない人々がいる以上ある程度の規制はやむを得ないだろう。悪用する人間はいるからだが、基本「自由」を議論の根幹にしないと、何でもかんでも規制すれば済むことになってしまう。しかも規制は簡単な結論で頭を使うこともないし、規制機関をつくれば天下りもできるし、役人にとってはまるで蜜のようだ。
 しかし、こんな単純な結論を出させるために、国民は高給を出して役人を雇っているのではない。基本自由を根底にして、徹底した議論の中から最良の結論を導け、というのが国民の要請であり、それが役人の仕事なのである。
 もちろん国民側ももう少し落ち着いて考えなければならない。過敏に反応して、しかもすぐに忘れてしまうというのはあまり生産的な態度ではない。
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2012年06月09日

日本とアメリカの司法制度の違い

 最近"Law & Order"というアメリカのドラマに嵌っている。なぜこの番組が長らく日本で公開されなかったのか不思議だが、それはさておき、あまりにも日本の刑事機構と違うことに驚く。日本もアメリカも捜査をする警察と訴追する検察が別れているが、両国のシステムは全く異なる。陪審員制と裁判員制(試行錯誤の状態)という違いはまず置いておいておく。それ以前に驚くべき事が幾つもある。まず第一に証拠の扱い方の違いがある。
アメリカの証拠取扱は非常に厳しく、少しでも捜査に瑕疵があって取得した証拠は、弁護側から証拠排除請求されてあっさり証拠として使えなくなってしまうことだ。
 例えば、逮捕の際(あるいは取り調べの際)、ミランダ警告(Miranda warning)を明確に宣言しなかっただけで、そこで供述した内容は証拠能力を失ってしまう。
ミランダ警告とは、
1.You have the right to remain silent.
 あなたには黙秘権がある。
2.Anything you say can and will be used against you in a court of law.
 あなたの供述は、法廷で不利な証拠として用いられる事がある。
3.You have the right to have an attorney present during questioning.
 あなたは尋問の際、弁護士の立会いを求める権利がある。
4.If you cannot afford an attorney, one will be provided for you.
 自分で弁護士を依頼できなければ、公選弁護人を付けてもらう権利がある。

という4点の宣言だ。
 日本でももちろん黙秘権は認められているが、心証を悪くすると言うことや、強圧的な尋問に屈してしまう場合が多い。だからこそ裁判で供述が変わるのだろう。逆にアメリカでは、権利を明確にして供述を取っているから、裁判で供述を翻せば偽証罪に問われてしまう。
 また、日本では取り調べの際弁護士が立ち会うことも許されていない。これも大きな問題である。尋問する側は法的な知識も経験も豊かであるが、被疑者はそうではない。弁護士などの立ち会いがなければ、これに抗することはまず不可能だろう。なぜ改善されないのか不思議だ。
 証拠の取得には、適切な法の執行(デュープロセス)が重要視され、令状を取らずに証拠が挙がったとしても、全く証拠として認められない。また令状を取っても令状の捜索範囲外で見つかったものは、証拠として認められない。手続に関しては極めて厳格なのである。日本では、証拠なんだからいいじゃないか、というのが本音であり、実際そのように扱われているように見える。
 証拠の開示については、アメリカでは捜査で得たものは全て開示しなければならない。それが被告に有利に働こうが、不利に働こうが、それは関係がない。もし検察がそれを意図的に隠匿したなら、それだけで裁判は被告無罪で終わりになってしまう。一事不再理(ban of double jeopardy)があるから2度と同じ罪で起訴はできない。日本の場合には、証拠の開示は検察官の胸先三寸で決まる。訴追に不利益な証拠は、刑訴法で裁判で開示しなくてもよいことになっている。
 しかし、こんなことあり得るのだろうか。どんな証拠であってもそれが弁護側が検証できなければどうやって抗弁することができるのだろう。不思議でならない。

 アメリカの司法制度が必ずしも優秀だとは言えないが(司法取引にはどうしても疑問が残る)、それでも限りなく公平に扱おうという姿勢は、高く評価されるのではないだろうか。

 大阪で、紛失した証拠品のたばこの吸い殻を捏造した警部らがいたが、これはもちろん犯罪であり厳しく追求されなければならないが、アメリカならこれで他の証拠も証拠価値を失ってしまう。こんな警部の下では適切な法の執行をされていなかったと判断されてしまうからだ。つまり被疑者は無罪の判決を受けることになる。余談だが、この警部らが罪に問われ、有罪とされた時、果たしてきちんと懲戒免職(これほど事は重要である)できるだけの器量があるのか刮目してみるべきだ。アメリカなら長期刑と年金の没収という重い結果になるのは間違いない。
 情けないことに検察でも捏造事件があった。こういった人間は法曹界にいるべきではない。もちろん法曹資格剥奪という結果になるのが当然なのだが、大甘の日本でそういった決断ができるのか。検察止めて、弁護士に転身なんてことになるのではないかと、危惧する。

 近頃冤罪事件が多発しているのも、口幅ったい言い方をすれば、こういった法を厳格に遵守するという意識と証拠の重みを真に理解していない点にあるのではないかと思う。
 おそらく、日本の警察官、検察官、判事、それぞれもしアメリカでその職に就いていたら、被疑者を有罪にすることはできないだろう。それ以前にその重責に押しつぶされてしまうのではないか。
それほど重要な職に就いているのだという自覚して頂きたい。
冤罪は、人を「殺すこと」と同じなのだから。
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2012年06月01日

大飯原発再稼働?!

 なんともあざとい方法で大飯原発を再稼働させようとするものだ。橋本大阪市長の抵抗も残念ながら蟷螂の斧のようだ。巨大権力の前にはなかなか抗えない。なんとか次善の策を取ろうとしたのだろう。
 関西地区の電力供給がなんとか節電でこの夏を乗り切れそうだと目途が着いた途端、慌てて再稼働に動き出すとは、あまりにも稼働ありきの姿勢が見え見えだ。夏を乗り切ったなら、二度と再稼働の芽はない。な〜んだ問題いないじゃん、ということになり、維持可能エネルギーの開発にも拍車が掛かるからだ。それは原発推進派にとっては死活問題、死に損ないの獣が抗うのはもちろん事の道理、という訳だ。だからこそさぞおつむがよいはずの官僚、政治家、財界人、原子力ムラがこんな見え透いた策を弄するのだろう。いかに追い詰められたかが分かる。
 だが、日本の将来をまともに考える政治家なら、今年の夏くらい社会実験をすべきだ。3.11原発事故の検証が全くなされていない今、夏の一時期(僅か2,3ヶ月のことだ)だけで電力供給の実体が分かるし、それを参考に、高コストに耐えながら火力、水力を利用しつつ維持可能エネルギーを模索するのか、将来の子孫が運良く放射性廃棄物の処理ができるようになることを期待しつつ大量の核廃棄物を遺産として残し、現在の生活を謳歌するのか決めればよいことだからだ(いいじゃないか、その頃は誰一人として今いる人間は生きていないのだから、というわけか?)。
 僅か2,3ヶ月の実験なのだ。福島の人々が今なお過酷な状況に置かれていることを考えればなんのこともない。先ほども述べたように、多くの市民はそれを受け入れたのだ。それは立派な覚悟である。それを支持しない政府とは一体どこの国の政府なのだ? 一体誰の代理人なのだ?

 まずは3.11事故の検証が先だ。アメリカでは発災後4ヶ月あまりでとりあえずのレポートが提出された。だが日本政府はどうだ。世界に対しての加害者たる当事者が何のレポートも出さないというのは、どういうことなのか。

 本当に君たちは一体何者なのだ?
posted by Serendipity at 01:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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