2013年06月24日

「敵国」韓国を援助してはならぬ

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

LOTO6をはじめる前に読む本
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【日韓通貨スワップ】韓銀関係者「現状は韓国側から日本に延長要求する経済状況でない」[06/22]
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=101&oid=009&aid=0002980282

日本が来月3日に満期を控えた30億ドル規模の韓日通貨スワップ協定について、韓国が必要ないとすれば中断することができると明らかにした。米国の量的緩和縮小に全世界でドルの流出の懸念が大きくなる中で、韓国政府が要求しない限り、通貨スワップを延長しないという最後通牒を送ったわけだ。

日本政府のスポークスマンである菅義偉に官房長官は21日の会見で、ウォン?円通貨スワップ延長するかどうかの質問を受けて"期限を迎えるまでに必要がある場合は延長するが、韓国側があまり必要でないとすれば、日本なりに判断する"と答えた。

菅官房長官はまた、取材陣が "日本側は必ずしも必要としないのか"と質問すると、"日本はそのように考えている"と述べた。

ウォン?円通貨スワップが韓国に有利なもので、日本には利益になることはないと判断した。先立って日本の産経新聞は "韓国の要請がない限り、延長しない"という日本政府の立場を報告している。

産経新聞報道後、金総裁は 日本側から"韓国側から要請があれば "との日本側の立場に"適切な表現ではない"と不快感を露わにした。

菅官房長官の発言以降、韓国銀行関係者は"2005年韓日通貨スワップの締結は、両国の中央銀行の金融協力の目的でなされたこと"としながら"現在の韓国の経済状況や30億ドル規模の円資金の通貨スワップ規模を考えると韓国側から日本に要求する状況ではない "と明らかにした。

[東京=イム・サンギュン特派員/ソウル=前のカテゴリ記者]
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 韓国がスワップは必要でないと明確に述べている以上、これを言質に取って日本側は間髪を入れず、韓国とのスワップ終了を宣言すべきである。今まで「韓国側から延長の要請がない場合は、期限を迎える来月で円とウォンを融通し合う仕組みを打ち切る考え」というのは外交的なリップサービスであった(そう信じたい)と思うが、これさえもう必要はない。早急にスワップ停止宣言すべきだと思う。

 韓国経済が行き詰まると日本経済に与える影響が大きい、とそう訴えている議員が自民党内にも多数いるようだが、高々東京都のGDPにも及ばない敵国の経済など気に掛ける必要はない。公正な競争なら歓迎するが、技術は盗む、安売りは仕掛けると数限りない不正な行いをしている国だ。経済的にも「敵」である。利敵行為などすべきではない。
 「自由と民主主義を共有する友好国である韓国」などと政府は度ある事に述べているが、「親日反民族特別法」なる遡及法を持つ国が自由な国であるわけがない。親日を名乗っただけで処罰される国が民主主義である筈もない。異なった意見が許されるのが民主主義だろう? また、経済的にも為替操作をし、日本の経済活動を著しく損なっている。このような国を友好国と考えるのは、政治家が現実逃避しているとしか考えられない。
 既に韓国や支那に進出している企業は、なるべく速やかに引き上げた方がよい。財産、技術どころか命すら危うい。人質に取られるのは確実だろう。それは既に経験している。政府は少なくとも避難勧告くらい出すべきだろう。それでも従わないなら、独自に脱出計画を立てて貰うしかない。とはいえ、どんな莫迦な企業でも国民の生命と財産を守るべき政府は、彼らを見捨てるわけにはいかないから、最終的な救難施策も考えなければならない。難儀なことだ。

 明治以来、朝鮮という国が独立して、支那やロシアと対峙するべき自由民主国家であることを望んできた。でももう無理であることは十分に学習したんじゃないか。彼の国は120年経っても腰の据わった独立国とはならない。国の運営ができるほど成熟していない。戦後70年近く経ってもダメなのだから、成熟する気すらないのかも知れない。事大主義が骨髄まで染みて抜けず、米国が自国の都合通りに応じないとみるや、支那にすり寄り、過去と決別したはずの属国へ回帰し始めている。
 日本を初めとする自由主義国家に対しては、既に緩衝国(バッファ)とはなり得ない。支那の属国ができたに過ぎない。米国でさえ、あきれ果て見放し始めている。日本の防衛的には遙かに守りにくくなったが、これはしょうがない。

 事を荒げよというのではないが、少なくとも一刻も早く敵国と認識することは大事だ。着々と防衛対策を講じるべき時だろう。戦争を望むのではない、戦争を起こさせないために、防衛増強は急務である。支那も韓国も相手が強いとなれば、手を出すことはないからだ。

 在日朝鮮人の問題も大きい。日本に帰化することもなく帰国もしない。2010年にも再確認された資料によれば、当時の在日朝鮮人総数61万人のうち徴用労務者はたった245人しかいない。現在いる在日が、自己都合、密入国であることは、政府も認識している筈だ。政治的に処理が難しいので、放置しているのだろうが、その時もとうに過ぎた。
 韓国、朝鮮国籍を保持しながら、日本にいることは、防衛上、経済上好ましくない。炯眼たる吉田総理のマッカーサーに宛てた手紙に従って、これも早急に帰国させるなどの処置を執らないと、内憂外患を招くことになる。武装蜂起したらどうするおつもりか。朝鮮人がテロを引き起こしてきた歴史を忘れてはならない。また関東大震災の時のような混乱を起こしてはならないのだ。
 もう既に、日本人を標的としたテロ事件が起きている。これを一精神障害者の犯罪にしたがっているようだが、そうでないことは、国民は知っている。明らかにテロなのだ。それにも拘わらず、行政の動きは鈍い、鈍すぎる。事を誤れば、冗談ではなく日本国民と朝鮮人の間で、殺戮が始まってしまう。ルワンダでのツチ族、フツ族の大殺戮ご存じないわけはなかろう。未然に防ぐべきだ。

 1000年先は知らないが、朝鮮、支那が友好国になることなど近々ではあり得ない。韓国の自滅(間違っても助けてはいけない。「助けない、教えない、関わらない」のが韓国に対峙する三大原則だ)など取るに足らないが、支那の崩壊は世界的に大問題となる。膨大な難民をどうするのか、崩壊した支那をどう扱うのか、国際社会は困難な問題に直面するだろう。その前に自暴自棄になった支那が、核攻撃を仕掛ける虞(おそれ)もある。
 こういった問題を専門的に扱う「省」は必要だろう。インテリジェンスの収集と解析を行う「情報省」だ。それに関する法整備も欠かせないだろう。

 情報戦に負ければ、日本は取り戻せない。今でさえ、慰安婦を問題にされ、とうとう"sex slave"に仕立て上げられてしまった。この失点は大きい。だが永々と子孫を苦しめないよう、恢復されなければならない。

 国民の不安は、計り知れないほど大きくなっている。教育のせいでもあるが、それでも多くの国民が覚醒しつつある。それは、李明博前大統領の行動から始まった。竹島上陸も大きいが、それ以上に、天皇陛下に対する侮辱発言には、心底怒りを覚えた国民は多い。これを政治家は知るべきだ。
 政治家が国益に叶う施策を行うか否かを見極める指標の一つが、30億ドルの日韓スワップの延長問題である。経済的には取るに足らない額であろうが、「韓国の保証人」になるか、ならないかの問題として見ている。従って、これを延長するような所業に至れば、安倍政権は長期政権とはならず不安定のままになる。もちろん長期政権は願っているが、それさえ吹き飛ばしてしまう程、国民は怒っているのである。もう日本人は八幡(パハン)ではいられない、既に海乱鬼(かいらぎ)となっているのだ。

 どうか道を誤らないようにと訴えるしか他はない。
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2013年06月21日

何のための裁判員制度か

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

LOTO6をはじめる前に読む本
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 妻子に対する殺人罪で懲役20年を服役し、出所後半年で、強盗殺人を犯し、1審で死刑判決を受けた被告を、高裁は、「無期懲役」に減刑してしまった。
 これでは社会正義はなされないだろう。前科を考慮しなくても「強盗殺人」なら死刑であってもおかしくはない。それを村瀬均裁判長は「1審判決は前科を過度に重視しすぎた」と減刑したのだ。
 妻子二人とも殺しておきながら、懲役20年という異常な刑の軽さにも驚くが、それでも懲役を受けたということは、更生する可能性が被告にあったということだろう。ところが、20年も懲役を受けながら、被告は微塵も更生することなく、強盗殺人に至っている。これは「更生可能」とした司法の判断の誤りであり、更生施設での教育も成果を見なかったということで行政の過ちでもある。
 以上の経緯から、裁判員制度による1審の死刑判決は、あまりにも当然な判断だと考えられる。20年服役し62歳になっても更生しなかったのならもう更生は期待できない。実際、前回の謝った判断により無辜の民が殺されてしまったのだ。
 村瀬均裁判長の判断は二重に誤っている。まず、前回の罪に対する判断の過誤(これはもちろん別の判事の判決だろうが、それを考慮していない)、そして、その認識を度外視してしまった判断である。事件をみれば、ことさら1審の判決をひっくり返す根拠はない。事実その根拠が「1審判決は前科を過度に重視しすぎた」という一点で表されているからだ。この裁判長は、現実ではなく、虚構の世界を生きているのだろうか。
 とてもじゃないが、「前科を過度に重視」したなどとはいえない。むしろ裁判員に与えられた「常識人として裁判に参加する」という主旨からすれば当然の1審判決だと言える。過度どころか当然重視したに決まってる。
 検察官は直ちに、上告すべきだ。そうでなければ、裁判員制度の根幹を揺るがすことになる。

保存資料
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http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130620/trl13062013520001-n1.htm
 妻子に対する殺人罪などで20年間服役し、刑務所から出所半年後に、見ず知らずの男性を殺害したとして、強盗殺人などの罪に問われた無職、伊能和夫被告(62)の控訴審判決公判が20日、東京高裁で開かれた。村瀬均裁判長は「1審判決は前科を過度に重視しすぎた」として、死刑とした1審東京地裁の裁判員裁判判決を破棄、無期懲役を言い渡した。

 裁判員裁判の死刑判決が破棄されるのは初めて。

 弁護側は「被告が犯人との証明はされていない」と無罪を主張。伊能被告は捜査段階から黙秘し、控訴審でも被告人質問に答えなかったが、判決は犯行を認定した。

 平成23年3月の1審判決は、殺害現場から伊能被告の掌紋が見つかったことや、被告の靴に男性の血液が付着していたことなどから、男性方へ侵入したと認定。「刑を決める上で前科を特に重視すべきだ」として、求刑通り死刑を言い渡していた。

 1審判決によると、伊能被告は昭和63年、妻を刺殺した後、自宅に放火し、子供を焼死させたなどとして懲役20年の判決を受け、服役した。出所から半年がたった平成21年11月、東京・南青山の飲食店店長、五十嵐信次さん=当時(74)=方に強盗目的で侵入。五十嵐さんの首を包丁で刺して殺害した。
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2013年06月14日

共通性こそ人と人とを結ぶ鍵

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

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 「個性」を大事にしなさい、伸ばしなさい。多くの学校で金科玉条のように教える。
 個性ねぇ、大事だろうけどそんなに強調しなくたって、と思う。というのは、個性なんてものは、抛っておいても自然に出てくるし隠しようもないものだからだ。逆に親や先生が個性を押さえつけようとしても無理。それほど強い。
 だから、個性よりも共通性を植え付けた方が良い。
 「俺はお前と違うんだ!」なんて言葉が言えるのは、共通性がしっかりあってこそ言えるのだ。全く違う者同士なら最初からこんなことは言わない。

 共通性こそ人と人とを結ぶ鍵。
 だから文化が、慣習が大事なのだ。


 「他の人と仲良くしなさい」、幼少の頃から散々に聞かされていただろう。おそらく誰も反対できない正論だ。だが条件がある。少なくとも「最低限の価値観が同じ」である場合だけだ。
 例えば、地球のどこかの僻地で、ある部族と接触を試みたとする。ところが突然襲われそうになった。こうなれば「話せば分かる」などと悠長なことは言ってられない。ただひたすら逃げるか、立ち向かうしかない。仲良くするも何も、彼らはあなたを食料としたいのか、テリトリーを犯した者として殺害しようとしているからだ。
 極端な例ではある。しかし、似たような遺伝子を持ち「人」のように見えても、育った環境で人は全く異なった「人」になる。
 実際、一切の文明を拒否し孤立することを望んでいる部族は実際にある。慥かに彼らは「人」かもしれないが、現代人の価値観を共有する「人間」ではない。また彼らが望まない以上、過干渉は避けるべきでもある。

 さてここに、

・いとこが田畑を買えば腹が痛い。
・女は三日殴らないと狐になる。
・他人の牛が逃げ回るのは見ものだ。
・他人の家の火事見物をしない君子はいない。
・弟の死は肥やし。
・倭将は病気にかかるほどよい。
・盗みも一人でやれ。
・梨の腐ったのは娘にやり、栗の腐ったのは嫁にやる。
・母親を売って友達を買う。
・梨を食べて歯を磨く。(一挙両得)
・女房を殴った日に女房の母親がくる。
・隠れてみたら捕盗庁の建物だ。
・三日も飢えて塀を越えない者はない。
・音の出ない銃があれば撃ってやる。
・俺の物は俺の物、お前の物も俺の物。
・人が自分にそむくなら、むしろ自分が先にそむいてやる。
・死ぬ女が陰部を隠すものか。
・死んだ息子のちんこに触ってみる。
・銭は汚く儲けても、きれいに使えばよい。
・川に落ちた犬は、棒で叩け。
・営門で頬を打たれ、家に帰って女房を殴る。
・姑への腹立ち紛れに犬の腹をける。
・あんな奴は生まずにカボチャでも生んでおけば、煮て食べられたものを。
・ただの物は苦くても甘い。
・ひとつ釜の飯を食べて訴訟を起こす。
・らい病患者の鼻の穴に差し込まれたにんにくの種もほじくって食べる。
・一緒に井戸を掘り、一人で飲む。
・泣く子は餅を一つ余計もらえる。
・便所の蛙に陰門をかまれた。
・屁が癖になるや、麦の食糧も底をつく。
・大便かカボチャ汁か。
・白い粥に鼻水。
・屁が度重なれば大便がしやすい。
・手も当てずに鼻をかむ。
・臭くない便所があるものか。
・自分の陰部をさらけ出して人に見せる。
・野生のまくわ瓜は、最初に独り占めした物が持ち主だ。
・家と女房は手入れ次第。
・自分の食えない飯なら灰でも入れてやる。
・嘘も百回言えば、真実になる。

と考える部族(国)がいるとする。果たして付き合う自信がおありだろうか。精神の深奥の部分でこのような考え方を持っている「人」と付き合えるだろうか。
 形が似ているだけが共通部分で、それ以外ことごとく異なる場合、どうやって付き合えばよいか、分かるものなら教えて頂きたい。但し、綺麗事は結構。

 挙げた項目を見れば分かるように、こういった思想を持つ部族(国)は、先進国から見ればかなり特異な精神構造だといえる。生物の基本戦略の弱肉強食を地のままに生きているのだろう。
 大東亜戦争後70年近く経ってもその精神性が変わらないなら、この先一体どれだけの時間を掛ければ近代化できるのか。それともできないのか。この部族(国)自身が自らを変える意思がなければ、外的な要因では変わらないだろう。先進国はそれに気付くまで待てばよい。経済どうのこうのとスケベ心を持って接触すべきではない。それでは進化しつつある国際社会に混乱を齎(もたら)すだけだ。

 日本人は、「人」の形をしていれば、何故か「話せば分かる」と思ってしまう。しかし、人の形をしていても、その精神性が全く異なるということを理解していない。これは何度も述べた。例えば、惻隠を示せば、少なくとも関係が悪くなることはないだろうと思いがちだ。多くの日本人はにわかには信じないだろうが、情を掛けたことが「必ず」関係悪化になる民族(国)もあるのだ(「弱い者に情を掛けるのは、何か後ろ暗いところがあるのだ。だからどんどん要求すればよい」、「相手が情を掛けるというのは、我々にそれだけの価値があるということだ。だからさらに要求すればよい」)。
 見た目に騙されるが、部族(国)間の違いは、ネコとイヌ程に違う場合だってある。同じコンピュータでも搭載されているソフトウェアによって全く違う動作をすることに似ているかも知れない。

 個人だって友人は選べる。あまりに価値観が違えば、付き合うのは難しい。適当な距離を保つのが良い。国とておなじことだ。隣にあるから、全く付き合わないことは無理だが、火事と葬式で済ませば良いのだ。間違っても友好国ではない。
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2013年06月04日

遺伝子組み換え作物の危険性

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

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 古来、人は狩猟や木の実、果実などを採取して暮らしていた。しかし常に不安定な食糧供給によって人口は増えることはなかった。そこに革命が起きた。農業だ。人は定住するようになり、より安定した生活を送るようになった。だが人はそれに飽きたらず、更に収穫量を上げ、滋味に富ませるよう、植物を選定し交配させた。植物はそれに応えるように新たな形質を持った。植物もそれを望んだからだ。人にとっては、安定した食料の確保、植物にとっては、人の手に保護され繁栄することができたからだ。最悪人の好みが変わり、捨て置かれるようなことになっても、元に戻るだけである。

 だが今…

 人と作物の蜜月関係は終わりを告げようとしている。遺伝子操作作物の登場だ。本来なら想像すらできない全く持ち得なかった形質を一方的に発現させられ生物としてのアイデンティティは完全に失わされてしまった。特定の農薬に対応できる形質など一体どの植物が望んでいたのだろうか。糖度など限界以上に引き上げら、今まで作ったことのない特定の物質を作らされて、これで、たとえば、「とうもろこし」はとうもろこしたりえるのだろうか。
 情緒的に言えば、人は植物との約束を破ったと言える。作物が自己同一性を保つために、新たに自身を改変する可能性すらある。そう、とうもろこしがとうもろこしであるために。
 情緒的に言わなくても、人にとって不都合な物質が作られる可能性はある。なぜなら人は遺伝子に関して全てを知っているわけではないからだ。今までの科学の歴史を見てみれば分かるだろう。

 遺伝子組み換えの問題は、

1.遺伝子組み換え種子(GM種子)は専用の農薬とセットで使用しなくてはならない
2.専用の農薬によって土壌が汚染され、在来種が育たなくなる可能性がある。延いては遺伝子組み換え種子、専用農薬を使い続けなくてはならなくなる
3.一代しか収穫できず、種子と農薬に完全に支配される。つまり供給元の会社に依存しなければならなくなる
4.GM作物によって、他の作物が汚染される可能性があり、在来種絶滅の危険性がある
5.GM作物が生育しなかった場合、土壌が汚染され従来型農業に戻ることは困難になる
5.GM植物自体が、予想しなかった物質を作る可能性がある
6.種子の独占により、大袈裟ではなく食の世界支配が可能になる


など考えられる。

 よほど気をつけなければ、TPPによってこの恐れが現実になる可能性が高い。
 果たして、このような道をあなたは進みたいだろうか?
posted by Serendipity at 02:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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