2011年10月30日

「すき家」が問題なのか?



 深夜営業している「すき家」が強盗に狙われているという。マスコミでこれだけ騒げば、それに気がつかなかった潜在的犯罪者も気付くだろう。だが、10/30付産経新聞を見てみたら警察庁関係者の話としてこんな事が書いてあった。
「『すき家が隙だらけ』ではシャレにならない。被害者ではあるが、強盗を誘発している側面は否定できない」だと。まさしく我が目を疑った。被害者ではあるが、といいながら、何等対策を取らないすき家が悪いと言っているとしか思えない言い回した。警察の使命感はここまで墜ちたかと。
こんなことを平然というのであれば、例えば、「自転車の前の籠に荷物を入れていたら強奪された」とか「夜道を歩いているとき車道側にバックを向けていて、ひったくられた」、「おしゃれしてミニスカート穿いていたら襲われた」というのも、「犯罪を誘発している」と強弁できてしまう。きついことを言えば、慥かに「迂闊」であったかもしれないが、迂闊であることは犯罪ではないし、迂闊だったからと言って責められるべきことでもないだろう。最大に責められたとしても、「これからは注意した方が良いですよ」が適切だ。
 本来「誘発」というのは、「挑発」のレベルで考えるべきだ。例えば、相手を追い込んで「殴られた」とか、相手の逃げ場を封じたり、追い詰めたりした場合、初めて論じられるものだ。これなら「被害者」にもある程度の「行き過ぎ」があっただろうと思われるが、それでも果たして「過失」とまで言われるかどうか、微妙なレベルだ。
 一方、先に述べた例は、何等責められるべきことはない。もちろん過失でもない。
 一般人の話としてなら、「誘発したのかなあ」と話すことはもちろん構わない。しかし、権力を付託され、国民を犯罪から守る警察が、これを言ったらおしまいである。これが是とされるのであれば、あらゆる危難に対して、個人あるいは民間企業は、それに対処しなければならないのだろうか。極論すれば、「人を見たら『泥棒』と思え」と構えなければならないのか。ならば、アメリカのように自身を守る自衛権を強化すべきだろう。
 従来から警察は、「危難は、逃げられるものならその場から立ち去りなさい」と指導していたはずである。しかし、それを今問うと、「そんなバカなこと誰が言っているんだ」(あんただよ、アンタ)と開き直る。だったら、その危害を与えそうな人物と相対しろってことか。警官が来るまでその場に留まれってか。
 少し前まで、「日本は世界で一番安全な国」と警察は大見得切っていた。今は、犯罪を誘発することが「犯罪」かのような責め方をする。もちろん、「自衛」を考えることは企業とて個人とて、最終的には必要だろう。しかし、それも権力を付託した警察を橋頭堡として担保した場合での話だ。そうでなければ、ジャングルの論理が罷り通ることになる。それでも良いというなら、自衛権を返してよこせ。
 あらゆるものが劣化し始めている現代社会。警察もその一つであるのは、残念ながら彼らの言動を見ていると窺える。
 どうやって、この劣化を押しとどめるのか。当惑に立ちすくむしかないのか。
posted by Serendipity at 16:01| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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