2012年09月20日

原子力技術が衰退する?

 原発賛成派は、あれこれ色々と手を打ってくるものだ。「国防上原子力技術が衰退することは好ましくない」と今度は言い出した。しかもこうあっさりと原発の目的の一つが暴露されると小気味好いともいえるが、かなり焦っているとも受け止められる。何しろこういった、「原発が核抑止力の一つである」という議論は、日本ではタブーで、原発に関しては、「絶対安全」と「平和利用」という神話だけが一人歩きしてきたのだから。
 軍事力がものをいうのは慥かである。残念ながら生物界でも非常に稀な残忍さを持つ人類は、「力」によって相手を屈服するという方法論を捨て去ることができない。この「特異稀な性質」によっていずれ自壊することは自明だが、これに関しては別に論考することにしよう。

 Chinaなどは軍事技術を蓄積するまで、機が熟するまでじっと臥薪嘗胆を決め込んでいた。それが現在のChinaの姿だ。あちらこちらであらぬ因縁を付け、領土を拡張、権益を得よう、身勝手な「中華主義」に凝り固まっている国だ。日本が、そして世界が、苦しいからといって、経済を最優先し恐るべき謀略があることを薄々気付きながらもそれを蔑ろにし、Chinaと関係を持ったことが、どんなに不安定な世界を作ってしまったことか。これから痛いほどその代償を払わなければならなくなるだろう。Chinaの軍事力が強大になることは、日本ばかりではなく世界の脅威である。

 軍事力の象徴たるものが「核兵器」だ。とはいえこの兵器、利用したが最後、地球の終わりになることは、軍事にどんなに疎いものでも分かる。人類とは、集団自殺するというレミング(本当かどうかは不明だが…)さえ真っ青になる程の自滅願望を持っている「珍しい種」であるとしか考えられない。

 こういった状況の中、日本が原子力、いや核兵器を保持して、それで解決になるのだろうか。

1.世界は、敗戦国たる日本に核兵器を持たせるつもりはまずない。持とうとすればあらゆる経済的制裁等を仕掛けてくるだろう。その覚悟はあるか。また、そうしてまで核兵器を持たなければならないものなのだろうか。議論の余地がある。

2.今まで唯一の被爆国として、核兵器廃絶を求めてきた日本が、180度方向転換したことを全世界に納得させることができるか。この自己矛盾をどう説明する?

3.假に核兵器を持てたとして、その維持管理には莫大な費用を投じなければならない。デリバリーシステム、核兵器の保全対策、テロ対策、など問題は山積する。定期的な核実験も核兵器の維持をするための核実験も必要になるだろう。それを一体どこで行うというのだ。アメリカでは、コンピュータシミュレーションができるまで実験データを収集したが、それを日本に提供することは絶対にあり得ない。加えてGDPのかなりの比率を軍事費を充てなければならなくなる。

4.「国の存亡に拘わることだから、予算をどうのこうの言うべきではない」という意見もあるだろう。だが、現実的にGDPの多くが軍事費に割かれた分、疲弊するだろう経済がさらに悪化し、事実上捻出できなくなった時どうするのか。通常兵器でさえ補充できなくなり、核兵器を持たなかった時よりさらに国防は危うくなるのではないか。


「こういう問題があるからこそ、原子力技術を合理的に保持するために、原発を隠れ蓑にするのだ」と多分、推進派は言うに違いない。しかし、それで問題が解決するのだろうか。以上挙げてきた問題の解決になる?

 筆者は、廃炉に拘わる技術開発の方が、遙かに役に立つと思うし現実的であると思う。しかもその過程で原子力技術は、衰退するどころか、新たな技術を得ることになるだろう(そうしなければ解決できない!)。原発を廃炉にしたって、原子力技術が枯渇することはないのである。何故なら廃炉するには、今まで以上に未知の原子力技術が必要になるからだ。だから「国防のために原子力技術の維持は必要」という推進派の論議は根底から覆ってしまう。廃炉を選択するだけで、図らずともそれは達成されてしまうのだ。(国防云々の議論は、先に述べた)

 ベトナムなど、東南アジアの国々から、原発の設計、設置要求があり、これをどうしてもビジネスとして成立させたいという、企業の思惑は分かる。かなりの収益になるだろうし、手を咥えて見ていたらフランスやアメリカなどの国に取られてしまうという懸念もあるのだろう。それは事実だと思し、せっかくのビジネスチャンスを潰したくない、という思いは強いに違いない。加えて、経済発展を望む東南アジアなどの発展途上国では、エネルギーの充実化はどうしても図りたい。だから原発はどうしても夢のように見えるに違いない。慥かに短期的にはエネルギーは確保できるだろうし、それにともない海外企業などの誘致を図り、経済的に豊かになるかもしれない。しかしそれはあくまでも短期間に過ぎない。やがて、原発から排出される核廃棄物は、それまでに得ていた経済的利益を一気に失わせ、寧ろ原発を導入する以前より、経済を悪化させ、さらに豊かにあった最大の資産である自然さえ失わせてしまうだろう。原発事故がなくてもこうなるのだから、もし事故が起こったら…。

 短い夢の後に悪夢が襲うのだ。まさに現実として邯鄲の夢を見ることになりはしないか。

 それでも原発を彼の地に誘致したいと考える日本企業は、国内で「原発神話」を植え付けたような欺瞞をすることなく、原発導入を希望している国々に、その功罪を正確に知らせるべきだろう。その上で、その国が導入を希望するなら、筆者は彼の国の僥倖を願うしかない。
posted by Serendipity at 02:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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