2012年09月29日

朝までテレビ「激論!原発ゼロ社会の検証」を観て

 今回の「朝までテレビ」によって、原発についてゼロにせざるを得ないと、図らずも結論が出たのではないか、と思う。つまり、推進派が誰も論駁できなかったように、処理できない核廃棄物によって既に原発は、稼働したくてもできない状況になっている。つまり中間貯蔵はもう満杯に近く、最終処分を考えなければならない段階に至っているからだ。しかも最終処分に際しては、オンカロのような深度地層処分は取れないと学術会議が進言している。常識的に考えてもこれだけ自然災害が多く、至るところ活断層が存在する日本に埋設する場所などあろう筈もない。プルトニウムを取り出す再処理も、サイクルが破綻している以上意味がない。それどころかNPT(核拡散防止条約)の懸念材料になってしまう。結局、乾式キャスク貯蔵をするしかないのだろうが、今度は、それをどこに設置するかが問題になる。発電所内か、電力会社所有地か、はたまた飯田哲也氏の言うように「電力消費地」も対象になるだろう。電気は欲しいが応分負担はしないでは「こどもの論理」、まさか駄々っ子のようなことは言わないだろうから、原発再稼働を望んでいる人にも異存はなかろう。では東京なら一体どこに作るのか。ハチ公みたいに東京の名所になるのだろうか。

 原発は稼働すべきという池田信夫氏は、「ランニングコストは一番安い」から使うべきだという。しかし、事故が起こった時などの費用はどうするのかと問われると、それは「内部化」して計算すれば良いという。しかし、保険費用などのコストも懸かるから、ランニングコストから考えても、安くはならないのではないのかという問いには答えていない、つまり自分では計算していない。苟も経済学者を名乗りたいなら、「内部化せよ」と他人事のように言うのではなく、実際に御自身があらゆる費用を計算してから言うべきではないか。でないと「数字で話ささず、情緒で話しても意味がない」という発言と矛盾する。とはいえ実際には一経済学者(?)の計算など当てにはならないから、コスト計算は最適任者である保険会社に委せる方がよい。彼らにとって重要なのは、数値だけでそれ以外の思惑は入り込む余地はない、だから冷徹に計算ができる。間違った計算をすれば、それこそ会社の存亡に拘わるからだ。この結果を踏まえれば、ランニングコストが安いとは言えなくなるであろう。

 今回の討論では、エネルギー問題をどうするかについてはできなかった。しかしたとえ原発再稼働を望む人だって積極的に原発を利用しろ、というのではないと思う。とすれば、彼らは以下の点を憂慮しているのではないか。

1.原発に変わる代替発電方法がない(自然エネルギー利用では安定供給は無理)
2.エネルギー政策上、不安定な中東の原油に頼ることはできない
3.ランニングコストが取り敢えず安い
4.国防上、原子力技術を保持すべきだ

これらの点については、もう述べてきたので繰り返さないが、1については、サイクルが完結しない以上、原発はありえない、と筆者も前から述べてきたが、ここにきて、はっきりと示された訳である。

核廃棄物が処理できない以上、少しでも理性があれば、原発という選択肢がないことは、はっきりと理解できると思う。

posted by Serendipity at 15:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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