2012年10月08日

恐ろしい話

 10/8/2012付産経新聞のp3「水平垂直」の記事を挙げる。
「大阪市のホームページに7月、無差別殺人を予告する書き込みをしたとして偽計業務妨害罪でアニメ演出家の北村真咲被告(42)が起訴された事件で…(中略)…北村さんは事件と無関係の可能性があり、大阪地検は勾留取り消し請求、9月21に釈放した。」
 どうやら、PCを乗っ取られ、知らぬ間になりすまされ操作されたという顚末らしい。
「恐ろしい話」というのは、こういったウィルスによって罪をなすり付けられたことではなく(これはこれで十分に恐ろしいのだが)、記事の「ある検察関係者は『大人数を動員して大騒ぎになったので、立件するしかないという空気になっていた』と振り返った」という一文にある。

 はぁ「空気」!?だと。

 検察は、人を「空気」のいかんで起訴、不起訴を決めるのか!
 これじゃ、「私たちは全くの無能です」と堂々と宣言しているのに等しいじゃないか。
 なるほど最近の一連の検察不祥事は、これが原因だったのか。
 故・小室直樹はこれを「空気(ニューマ)」と呼んだ。井沢元彦は「言霊」だという。呼び名は違うがほぼ同じものだろう。
 確固とした証拠によって起訴しなければならない検察が「空気」で起訴するというのは何という体たらくか。
 日本という国が、こういった「空気」によって支配されているのはよく知られている。その一例としてKY(空気読めない、読まない)という言い回しがその最たるものがある。
これから脱却することはできないだろうから、この影響を受けては困る事柄に関しては、構造的に変える必要があるだろう。検察、警察、国の「なんとか」委員会しかり。
 検察に関しては、この暴走を防ぐにはアメリカで行われている大陪審という、陪審員を集めて、検察側が主張する起訴が適当かどうかを判断をする機構が、もうそろそろ必要かもしれない。裁判員制度を導入し、裁判ではかなり民意が反映されるようになってきているのだから、こんどは入り口の部分を監視しなければならないだろう。最終的には、DA(地方検事)も選挙で選ぶのがよいかもしれない。中央の言いなりで、地方に根ざさないヒラメみたいな検察官なんかいらない。
 国の「なんとか」委員会は、役人に人選させるのではなく、委員会を基本的に公聴会にすべきだろう。何も隠すことなどないのだから、国民に知らせるのは「義務」だ。茶坊主委員を集め、出来レースの委員会など百害あって一利なしだ。賛否両論あってしかるべきで、侃々諤々と論争すればよい。そこから、少なくとも双方否定できないコンセンサスが現れてくるはずだ。
 例えば、原発。賛否両論あるだろう。しかし、「高レベル核廃棄物」の処理問題については、解決しない限り、再稼働など考えられないという点では、一致するはずだ。そうすれば自ずから結論が出るだろう。

 しかし、「空気の支配」、「過剰な忖度」というのは日本人の宿痾である。
恐ろしい話だ。
科学的事実であっても、その場の「空気」にそぐわなければ、発言さえできない、のだから。
よくぞこれで科学技術立国となり得たものだ。
新・世界の七不思議の一つかもしれない。
posted by Serendipity at 16:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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