2012年12月15日

「引き寄せの法則」って証明できるのか

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

LOTO6をはじめる前に読む本
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「引き寄せの法則」というものがあるらしい。思い続けたものは、いずれ現実界に現れるのだと。

本当なのか。

だとすれば大きな疑問がある。

アフリカなどの飢饉に喘いでいる子供たちは、なぜ飢餓で死んでいくのだろうか。

 食べ物が欲しいというのはまさに本能だ。これ以上強い願望もあるまい。子供ならなおさらだ。日がな一日、食べ物が欲しいと望んでいるに違いない。
 こう言うと、「いやいや『食べ物が欲しい』という状態を図らずも望んでいるから、『欲しい』という状況が続いてしまい、いつまでも『欲しいと言う状態』つまり飢餓の状態になってしまうのだ」と。

そりゃ詭弁だろう。

 子供だからこそ、食べ物はありありと心に描いているはずだ。それ以外のことは考えられないだろう。大人のようにあれはどう、これはどう、というように思考が千々に乱れるはずもない。純粋に心に描き出すことだろう。だから「食べ物」が現出しないのは矛盾だ。

不思議だよね。「引き寄せの法則」に反しているじゃないか。

思うに、この思想は、まさに「こういった思想そのものを売り物にして成り立っている」のじゃないか。
この分野の「成功者」という人は、この思想を書籍や、ビデオ、講演などで稼いでいるのではないか、と勘ぐってしまう。

キリスト教でも、「求めよ、さらば与えられん」と述べているが、彼らは、純粋に求めても、得られることはできない。マタイ伝6章26節「空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。」とあるが、神は鳥を養ってくれても、子供は見捨てられるのだろうか。

別に責めているわけではないし、「引き寄せの法則」がないとまでは言わない。
しかし、この矛盾をどう説明してくれるのだろうか?

どなたか、とりわけ聖職者の方、どうか説明して頂けないだろうか。
posted by Serendipity at 01:32| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
その子どもたちは引き寄せという言葉を知らないだろうから、神に祈るのだろうね。

「欲しい」というのは、わくわくする場合ならプラス。渇望感ならマイナス(だって、現在無いという事を強化する思考だから)。

わくわくしても、すぐに「いやさっきまでお腹減ってたよな」の思考が出てきて、それが現実化される。

一連の作業が、記憶される。

今度は、記憶を伴った状態で、「欲しい」と思う。

「また、だめじゃないか。」と思う。さっきよりも、マイナス面が強化される。

周りを見る。親を見る。その上の世代を見る。やっぱりだめかと思う。

こうして、神を信じられないにも関わらず、信じなければ希望が無いので信じたい、という葛藤を抱える。これは、「信じない」を強化する。


上記が詭弁だと言うなら認めるが、そしたら下記も同じ事になるよねっていう話。


>子供だからこそ、食べ物はありありと心に描いているはずだ。それ以外のことは考えられないだろう。大人のようにあれはどう、これはどう、というように思考が千々に乱れるはずもない。
Posted by td at 2014年04月01日 02:52
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