2013年02月20日

「危険運転致死傷罪」での訴追が適切である

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

LOTO6をはじめる前に読む本
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危険運転致死傷罪
 ●未熟運転致死傷罪
進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為(刑法第208条の2第1項後段)
単に無免許運転であるだけでは足らず、運転技能を有していない状態を指す。
 運転技能を有するが免許が取消・停止・失効になっている状態は含まない。
 免許を一度も取得していなくとも日常的に事故を起こすことなく無免許運転している場合には運転技能有りとみなされ該当しない。
 逆に、免許を有していても運転技能を有していない状態と評価しうるまでのペーパードライバーには、本罪適用の余地がある。


 4/23/2012、京都府亀岡市で児童らの列に突っ込み3人死亡、7人重軽傷の事故を起こした少年に対する裁判で、自動車運転過失致死傷、道路交通法違反(無免許運転)で懲役5年以上8年以下の不定期刑という判決が下った。

 この判決は納得いかない。今回検察は、「自動車運転過失致死傷、道路交通法違反(無免許運転)」で訴追し、裁判所はこの訴追によって判決を下すのだから、裁判所の判断はまずさておく。
 問題は、警察、検察なのだ。まず、事故の当初の段階から警察は、「危険運転致死傷罪での立件は難しい」と述べている。その背景には、無免許運転だけでは、危険運転致死傷罪が適応できないことを知っていたからだろう。慥かに、成立要件として、「進行を制御する技能を有しない自動車を走行させる行為」とあり、単に無免許運転であるだけでは足らず、運転技能を有していない状態を指す」とある。

 問題点を挙げよう。
1.「過失運転致死傷」と頭に「過失」が付いているが、無免許で運転するという、明らかな「意図」があるのにも拘わらず、「過失」で済まして良いのか。
2.「無免許運転」についての解釈。無免許であるというのは、「運転技術がない」と判断してはいけないのか。


1については、「危険運転致死傷罪」が成立すると考えるので、「意図」があれば「過失」ではない、というに止める。では、2の「無免許」の意味に「運転技術がない」と判断して良いのか、について述べたい。

 この事故のケースについて、なぜ「運転技術があった」とされたかについては、この少年が過去に複数回「無免許運転で捕まっていた」という事実があり、これから、「運転技術がなかったとはいえない」と判断したという。

 はいっ? どゆこと?
 ということは、罪を重ねたことが、今回の事故に有利に働いたということですかい?


 こんな馬鹿な判断もなかろう。だいたい不法行為によって得た利益は没収されるのが当然であり、事実そうなっている。たとえば、「振り込め詐欺」で得た利益は、不法利益だから没収され、尚且つ、詐欺罪で告発される。当たり前のことである。そうでなければ、稼ぐだけ稼いで(例えば数十億円とか)その上で、詐欺罪で服役したとしても、利益が被告に属するのであれば、出所した時には、億万長者になってしまう、というあり得ないことになってしまう。こんなことが許されるはずもない。

 では今回の事故はそれに相当しないか?

 「不法行為によって得た利益は、それを認めない」とすれば、過去に複数回無免許運転で捕まったことは、不利に働かせるということはあっても有利に働かせる訳にはいかない、とするのが正しい判断であろう。

 それ以前に、「無免許」という状態をきちんと定義すればよいのだ。つまり、無免許であるということは、「運転技術がない」と看做せばよいのである。例えば、男子18歳以上、女子16歳以上で婚姻できるが、この場合、未成年であっても成人と看做すとされている。つまり、酒を飲んでも、煙草を吸っても処罰の対象にはせず大人として扱うよ、犯罪を犯したら成人と同様に罰するよ、ということである。これを「法的擬制(legal fiction)」というのだが、無免許にもこれを適用すればよい。

 無免許→「運転技術がない」と法的擬制する(運転技術があろうがなかろうが無関係)

 こうすれば、無免許という状態がどういうことであるかはっきりする。
こう言うと、「免許が『取消・停止・失効』になっている場合でも『運転技術がない』とするのは非合理では?」との意見が必ず出てくる。だが、「取消、停止」に関しては、必ず通知されるから、擬制させても問題はないと考える。何故なら、この状態で運転するということは、法を犯そうという「意思」があるからだ。通知の際に大きく目立つように「無免許(取消、停止を含む)は『運転技術がないと看做されます』」という一言をその通知に明記しておけば、それを知りながら敢えて罪を犯したとなれば、擬制させても何等問題はない。
 ちょっと問題となるのは、「失効」だ。これは通知されるわけではなく、慥かにうっかり失効させてしまうという面がある。これに関しては、何らかの事故を起こした場合、「過失〜」とういう罪名が付くのは合理的かもしれない。とはいえこの場合でも「通知」が徹底されれば、擬制させても良い、というのは、「取消、停止」と同様だ(こうすれば、更に法的に筋が通り、すっきりするだろう)。

 調べてみると問題はまだある。ペーパードライバーの存在だ。人によっては、免許を取得してから10年、20年以上、或いは、一度も運転したことがなく、さらに「ゴールド免許取得者」にもなっているという。
なんじゃこれ? という状況が現実としてある。
 この場合「危険運転致死傷罪」ではどう解釈されるかというと、「免許を有していても運転技能を有していない状態と評価しうるまでのペーパードライバーには、本罪適用の余地がある」とある。
 こんな解釈をしているようでは、「免許」など意味がなくなってしまう。免許というのは、そもそも「運転技術がある」かつ「法律に従う」ということを担保して与えているものではないか。だから、そもそも「免許を有していても運転技能を有していない状態と評価しうるまでのペーパードライバー」という状態はあってはならないのだ。現実としてそうなっているのであれば、これを解消させるというのが本筋である。つまり、「何年以上運転しなかった場合は、何時間講義と実習を受けなければならない」などの附帯事項を免許付与時に付けなければならないものだ。
 でなければ、先ほど同様「免許」など意味のないものになってしまう。  

 運転免許を取得するには、通常、自動車教習所に通って、時間と費用を掛けて取得するものだ。そうまで厳しくして取得するものだ。それを「過去に無免許運転で捕まったので、運転技術がなかったとは言えない」などという戯れ言で済まされては堪ったものではない。それが通るのであれば、運転免許証などアメリカなみに簡素にすればよい。「無免許運転で捕まっても、『運転技術がある』」と認定される程度なのだからそれで十分ではないか。

 今回の事故は、「危険運転致死傷罪」で訴追しなければならなかった。警察、検察の失態だと言ってもよい。論理の建て方は、今述べたように、「今回のような重大な事故の場合、無免許であれば、『運転技術はない』と擬制させて、敢えて『危険運転致死傷罪』で訴追する」とすればよいのである。当然、弁護側は反論してくるだろうが、その判断は、最終的に最高裁判所まで持ち込めば良い。そのためにあるのが最高裁判所だからだ。最高裁判所の判決は、判例となり、これは準法律とされるのであるから、そうすべきだろう。そして国民は「最高裁判官審査」をすることによって、間接的にだが、関与できるというわけだ(現在の「最高裁判官審査」にはとてつもなく大きな問題を抱えているが…)。
 今回の事故に関しては、検察官は慎重に判断すべきだったろう(自動車運転過失致死傷罪、無免許運転で訴追することが是だったのかということ)。「危険運転致死傷罪」で起訴しても、「人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する」という処罰内容で、事故の程度によって刑期の幅があるのだから、量刑についても自由度が増し、被害者家族の心情も汲み取ることができたではないか。

 今、「準危険運転致死傷罪」が成立しようとしているが、馬鹿げている。こんなものを作る暇があったら、「危険運転致死傷罪」の内容を意味のあるものに吟味すべきだ。本質的なことを議論すべきだ。

 弥縫策で済む話ではない。
posted by Serendipity at 15:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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