2013年03月13日

さらば韓国(Farewell Korea!)

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

LOTO6をはじめる前に読む本
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 一線を越えたのは、李明博の竹島上陸からだった。これで多くの国民は、驚き、呆れ、そして激怒し、ようやく隣国が友好国ではないことに気付いた(遅いって!)。決定的だったのが、天皇謝罪要求である。
もう二度と元に戻ることはあるまい。戻してもいけない。「助けず、教えず、関わらない」のが良いのだ。
もちろん元からそういう国であったのだが。まさか禽獣以下の礼儀を知らぬ国だとは思いもしなかった。
 朝鮮が地政的に重要な位置にあったことが判断を曇らせた。日本に向かう「鉈」のような朝鮮は、ロシア、中国に占領されると安全保障上大きな問題であった。一番良いのが国として独立して貰うのが一番であった。明治の政治家はそれを望んでいたことだろう。しかも、朝鮮自体独立を望んでいたことでもあった。しかし腰の据わらぬ朝鮮は、右顧左眄し、事大主義に陥っていった。福澤諭吉翁も独立を援護していたが、結局は絶望し、特亜とは、決別の道を選ぶべきとの結論に至らざるを得なかった。結局仕方なく「併合」することになったのがケチの付け始めとなった。朝鮮を植民地化したと多くの国民は教えられてきたが、考えてもみて頂きたい。植民地とは、基本的に略奪である。しかし、朝鮮に何があるというのか。何もない。ただ単に地政的に重要であっただけである。だからこそ、日本は、国内と同等、いやそれ以上に投資をし、未開の地に日本並みの文明を持ち込んだのである。実際、「日韓併合」して、朝鮮半島の人口は日本の統治中、約2倍に増加している。衛生観念と医学の導入によってだ。
1910年 → 1313万人
1942年 → 2553万人

 また教育もあまねく行っている。ハングル文字の使用を推進し、これによって教育を推進しようとしたのである。欧米なら植民地に対してどうするか。もちろん教育など御法度だ。智慧を付ければ、自らの置かれている状況を理解し、反旗を翻すからである。非植民地の国民を愚民化しておくことは植民地支配には必須だからだ。
 その真逆のことを日本は行った。植民地ではなく「併合国」として考えていたからだ。大学についても、あり得ないことをしている。日本は、大阪帝国大学が1931年、名古屋帝国大学は1939年に創設しているが、それに先だって、1924年に朝鮮に京城帝国大学を創設しているのだ。なんと自国の大学より先なのだ。こんな「宗主国」が歴史上どこにあっただろうか。
 日本化(つまりは文明化)すべきだと信じていたのだ。もちろん、それが併合国の望むことではなかったのであれば、それは問題だったのかもしれない。しかし、多くの朝鮮人自身が望んでいたことでもあった。もちろん反対派もいたことだろう、がそれはどこの国にもあることだ。
 しかし日本が朝鮮文化を一掃しようとしたことはない。よく言われる創氏改名についても強制ではない。望めばできたというだけのことであり、朝鮮式の名字を使ってもそれは全く問題はなかった。なんでもかんでも日本化しようとするなら、日本語を強要したことだろうが、先に述べた通り、朝鮮語、ハングル文字を奨励したのだ。これに反対したのは、「諺文」として嫌っていた特権階級の両班の方である。
 これから見ても、朝鮮文化を尊重していたことが分かる。以後ハングル文字は朝鮮全土で使われることになるが、いきすぎて漢字まで廃止してしまった挙げ句、自らの歴史すら理解できないようになってしまったのは、なんという皮肉であるか。
 では、朝鮮は差別されていたのだろうか。
 もともと文化が違うから、小さな小競り合いはあったことだろう。しかし国の中枢とも言える軍隊に、「植民地人」だと考えていたら、入れるだろうか。危険きわまりないではないか。しかも仕官だ。洪思翊中将、金錫源大佐(軍人としての最高の名誉褒章である金鵄勲章を授与されている)、王族の李垠などは、みな日本陸士出身だ。
 洪思翊中将は、「自分は『朝鮮人』の洪思翊である。唯今より天皇陛下の御命令により、指揮をとる。異義のあるものは申し出よ。」と堂々と朝鮮人であることを公言し尚且つ、「天皇陛下の御命令により指揮をとる」と述べている。
実に立派だ。だいたい並の実力では、日本人でさえ「中将」になどなれない。国の命運を担う軍では、コネでなれるような甘っちょろい世界ではないのだ。こういう重職に就けるのもひとえに日本が朝鮮とは同等であると考えていた証だろう。

 しかし、大東亜戦争敗戦後は、状況は一変してしまった。また朝鮮の悪い癖が出て、事大主義に走ってしまったのである。その後どうなったかについては、ご存じの通りである。

 「併合」から少し前までは、韓国はバッファ(緩衝)として、日本の国益、北アジアの安定に役立ってきた。しかし、冒頭に述べた通り、もうその役は韓国自らが降りてしまった。韓国は、北アジアの安全保障の重要性を忘れ、ただ徒に「侮日」、「反日」を繰り返し、国にとって一番大事な役割を抛棄してしまった。そればかりか、そこかしこで問題を引き起こし、国際社会の一員として不適合であることも自ら暴露してしまった。

 そして、日本の友好国ではなく敵国となった。

 もう日本は「鉈」は「鉈」として受け入れ、それに基づいて防衛を考えるだろう。腹は括った。アメリカも韓国を見放している。
 いずれ北朝鮮が韓国を併合するかもしれない。韓国が望んだ方法ではないだろうが、民族は統合される。元韓国はそれに耐えられるだろうか。まあ他人事なのでどうでも良い事だが、もし難民など発生しても、日本は難民として受け入れることはない。そんなことをすれば、日本の政権が持たない。もちろん反日国なのだからそれを望みもしないだろうが。
 しかし、人道上難民を一時預かりはしなければならないだろう。厄介な話だが、国際社会の一員としては致し方がない。一時収容施設は早く作るべきだ。難民が発生してからでは遅すぎる。しかし一体どこの国がこの難民を受け入れるだろうか。タイ、ベトナムはもちろんのこと、フィリピンでも東南アジアでも嫌われている。アメリカやカナダでもそうだ。そうなれば、否が応でも新しくできた朝鮮に引き取って貰うしかない。
 自業自得とはいえ、過酷な運命をたどるのであろう。

 でもやっと諭吉翁の「遺言」が実現できそうだ。
 韓国よ、さようなら。
 
posted by Serendipity at 13:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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