2013年03月30日

いまだに支那ですか?

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

LOTO6をはじめる前に読む本
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 世界にとって支那という国に価値あるというのは、大きく2つあったのだと思う。
 一つは、世界の工場として、今ひとつは、潜在的な巨大消費国としてであろう。
 未だにこう述べる人々がいるが、もうそれは成り立たない。
 世界の工場といっても、賃金はうなぎ登りで、輸出に関する手間、費用、政情の不安定さを考えると、もう自国内で生産するか、他の国へ工場を持っていった方が有利になっている。実際アップルなどの企業は、自国に生産を移している。トヨタ、ホンダ、スズキなども、撤退はいつでもできるようにしており、技術の漏洩もなかったという。賢い選択だ。日産だけが、現地生産、現地販売を推進しているようだが、ゴーンの判断は、会長を兼任しているルノーの方針に引きずられているようだ。撤退の時期を逃さないと良いのだが。
 中国には、中国人の性格を如実に表す諺がある。

「狡兎死して走狗烹らる」
犬が兎を追い回してそれを捕まえたなら、もう犬などいらない、煮て食ってしまえ


 日本人なら、たとえ犬とはいえ、功労があれば手厚く飼い、最後まで看取ってやることだろう。事実、盲導犬として活躍してくれた犬に対しては、任務が解かれた後、老後を快適に過ごせるようにしている。死亡すれば手厚く墓に葬られる。役に立たなくなったら殺してしまえ、食ってしまえ、などとは思いつきもしない(支那人や朝鮮人ではないからもともと犬は食べないが)。そうできるとしたら、もやは「人」ではないと考えるからだ。「縫い針」に対してさえ感謝を忘れない。「針塚」なるものがあるのは、日本だけだろう。これが日本人が自然に持っている感覚だ。
 支那人の考え方は、全くその逆なのだ。日本人はもっと支那人のことを知らなければならない。極端に言えば、全く違う民族であることを肝に銘じるべきだ。義を誠によって返す、などという考え方は端からない。使えるものは使い、価値がなくなれば、一顧だにしない、どころか、仇で返すということだ。最近でもケ小平が「井戸を掘った恩人は決して忘れない」と言った先から、反日暴動で日本企業は略奪し尽くされた。もう気付いてもいいだろう。ここで気付かなければ、「お人好し」どころではなく、単なる「馬鹿者」に過ぎない。そして歴史が示すように馬鹿者の国は滅びるしかないのだ。
 次に、潜在的な巨大消費国という見方だ。だが現実をみれば、あまりにも貧富の差が激しく、この矛盾を抱えたまま国が存続するとはとてもじゃないが考え難い。事実、金持ち層は、自国さえ信じられず、海外に資産と係累を海外に移している。こんな国が果たしていつまで持つのか。巨大消費国というのは幻想に過ぎない。むしろ国が崩壊した時、難民をどうするかについて考えなければならない時期に来ている。ヒラリー・クリントンは20年内に世界最貧国に陥るだろうと予言している。李鵬が「日本などという国は20年後には消えてなくなる」と1995年にほざいたが、ということは2015年には日本はなくなるはずだが、逆にデフレ不況を脱しつつある。先の見えない政治家だが、「日本」という部分を「支那」に変えれば、こちらの方があり得ることだ。

 いずれ昨年のような反日暴動が起こるだろう。自らの意思で支那に進出した企業は手痛い代償を払うことになるだろうが、多くの有識者の反対を蹴って行ったのであるから自業自得ではある。今からでも遅くないから、少なくとも撤退のオプションを明確にしておくべきだろう。そうでないと、財産どころか社員の命さえ守れない。その時に日本政府に泣きついても既に遅い。人質にされては取るべき手も打てない。

 もういい加減、目を覚ませ! 日本人!
posted by Serendipity at 19:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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