2013年06月21日

何のための裁判員制度か

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

LOTO6をはじめる前に読む本
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 妻子に対する殺人罪で懲役20年を服役し、出所後半年で、強盗殺人を犯し、1審で死刑判決を受けた被告を、高裁は、「無期懲役」に減刑してしまった。
 これでは社会正義はなされないだろう。前科を考慮しなくても「強盗殺人」なら死刑であってもおかしくはない。それを村瀬均裁判長は「1審判決は前科を過度に重視しすぎた」と減刑したのだ。
 妻子二人とも殺しておきながら、懲役20年という異常な刑の軽さにも驚くが、それでも懲役を受けたということは、更生する可能性が被告にあったということだろう。ところが、20年も懲役を受けながら、被告は微塵も更生することなく、強盗殺人に至っている。これは「更生可能」とした司法の判断の誤りであり、更生施設での教育も成果を見なかったということで行政の過ちでもある。
 以上の経緯から、裁判員制度による1審の死刑判決は、あまりにも当然な判断だと考えられる。20年服役し62歳になっても更生しなかったのならもう更生は期待できない。実際、前回の謝った判断により無辜の民が殺されてしまったのだ。
 村瀬均裁判長の判断は二重に誤っている。まず、前回の罪に対する判断の過誤(これはもちろん別の判事の判決だろうが、それを考慮していない)、そして、その認識を度外視してしまった判断である。事件をみれば、ことさら1審の判決をひっくり返す根拠はない。事実その根拠が「1審判決は前科を過度に重視しすぎた」という一点で表されているからだ。この裁判長は、現実ではなく、虚構の世界を生きているのだろうか。
 とてもじゃないが、「前科を過度に重視」したなどとはいえない。むしろ裁判員に与えられた「常識人として裁判に参加する」という主旨からすれば当然の1審判決だと言える。過度どころか当然重視したに決まってる。
 検察官は直ちに、上告すべきだ。そうでなければ、裁判員制度の根幹を揺るがすことになる。

保存資料
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http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130620/trl13062013520001-n1.htm
 妻子に対する殺人罪などで20年間服役し、刑務所から出所半年後に、見ず知らずの男性を殺害したとして、強盗殺人などの罪に問われた無職、伊能和夫被告(62)の控訴審判決公判が20日、東京高裁で開かれた。村瀬均裁判長は「1審判決は前科を過度に重視しすぎた」として、死刑とした1審東京地裁の裁判員裁判判決を破棄、無期懲役を言い渡した。

 裁判員裁判の死刑判決が破棄されるのは初めて。

 弁護側は「被告が犯人との証明はされていない」と無罪を主張。伊能被告は捜査段階から黙秘し、控訴審でも被告人質問に答えなかったが、判決は犯行を認定した。

 平成23年3月の1審判決は、殺害現場から伊能被告の掌紋が見つかったことや、被告の靴に男性の血液が付着していたことなどから、男性方へ侵入したと認定。「刑を決める上で前科を特に重視すべきだ」として、求刑通り死刑を言い渡していた。

 1審判決によると、伊能被告は昭和63年、妻を刺殺した後、自宅に放火し、子供を焼死させたなどとして懲役20年の判決を受け、服役した。出所から半年がたった平成21年11月、東京・南青山の飲食店店長、五十嵐信次さん=当時(74)=方に強盗目的で侵入。五十嵐さんの首を包丁で刺して殺害した。
posted by Serendipity at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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