2018年06月04日

言論の自由とSNSによるブロック、削除の問題

言論の自由とはまさに言葉の通り、何でも自由に発言できることだ。
こう言うと「差別発言やヘイトなど認めるのか」となじられるが、自由な討論を守るためにはこういった発言もあり得ることを認めなければならない。
では放置しておいて良いのか、となるが、良いのではないか。
というのも、こういう発言をする者には、忽ち別の発言者によって糾弾されるだろうし、それにもしかしたら発言の意図は必ずしも差別ではないこともあり得る。表現が稚拙な場合もあるからだ。そしてそれは議論してみなければ分からない。
あまりに酷く名誉毀損にでも該当するなら、訴訟に発展することもあるだろう。
そうなればいずれ差別主義者などは言を収め、言論空間からは退場するしかない。
これを言論の自由の担保にすればよい。
ところが、SNSなどの組織に「差別発言である」と訴えれば、「社内規定」によって、そのアカウントを凍結したり削除したりできる様になっている。
とすれば、言論は一SNSの思惑によって流されたり封じ込められたりすることになる。一企業が言論の生殺与奪を持つことになる。
恐ろしいことではないか?
慥かに、SNSの利用規約にその旨は書いてあるが、これでは「一定の勢力」に籠絡されることにならないか。
あることないことを讒言することによって、言論を封殺することが可能になる。
SNSは批難されるのを恐れ簡単に削除要求に応える傾向を持つだろう。ただの営利企業だからだ。
これでは言論など成り立たない。検閲と同じことになる。
検閲の恐ろしさを戦後間もない日本は嫌というほど知っていた筈だ。その影響は今も続いている。
差別とかヘイトとかのレッテルを貼れば、その言論の内容に関わらず潰せるというのは、まさに「言論の終焉」であろう。
posted by Serendipity at 15:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]