2012年12月11日

インフラ補修公共事業による経済活性化

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

LOTO6をはじめる前に読む本
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 このままデフレが続けば、いずれは危機的なインフレになるだろう。もっとも避けるべき不況下のインフレだ。
デフレというのは、物の価値より金の価値の方が上がる(市場に回る金が不足している)ため、相対的に物の価格が下がる。一見ありがたいかのように思えるが、同時に収入も下がるので生活は苦しくなる一方だ。
 デフレを放置しておくとどうなるか。
物が売れない→企業は事業を縮小させる→人員を整理し、さらに給料は減る→物は売れず、更に価格低下の圧力を受ける→企業は耐えられず倒産(失業者が増える)→生産が縮小するので需要が供給を上回る→

┌物がなくなるので価格が上がる     ┐
┤                        ├→デフレが逆転し悪性インフラに移行する
└輸入が増える(しかし価格は上昇する)┘

 結局、物(サービス、つまり「価値」)を生産する企業が倒産することで、物が不足してしまい、いくらお金を出しても「買う物」がなくなるので、物の価格は上昇せざるを得なくなる。
 日本も戦後、生産する企業が軒並み空襲などで破壊されてしまったため、お金を持っていても物を買うことはできなかった。農家に食料を求めに行っても、なかなかお金では交換してくれず、持っている物と交換するしかなかったと、実体験している両親から聞いている。
 デフレを放置し、一度(ひとたび)企業の倒産があい続けば、その企業が持っていた技術、価値を生み出すノウハウはすべて失われてしまう。「弱い企業は競争の中で淘汰されていくものだ」と冷たく、高みの見物をしている識者には分からないかもしれないが、この損失は日本を滅ぼしかねない。「静かな空襲」が確実に起こっていると考えるべきだろう。
 これはもう恐ろしい経済の最終段階だ。
 本来「お金」に価値はない。価値があるように見せているだけで、単なる交換する際の約束に過ぎない。「物」は現実世界に所属するが、「お金」は、仮想世界にしか属さない。
 事実、ドルでも円でも未開のジャングルに行って使えるだろうか。未開の部族に「貢ぎ物」として「お金」を持っていったら友好を図るどころか「紙屑をよこしてバカにされた」と身の危険さえあるに違いない。むしろ貴重な塩や食料、道具など実物を持参した方が、喜ばれるだろう。
 この不況下、貯金に精を出すというのは将来が不安である国民にとって自然な行為であると思う。しかし、その貯金は本当に大丈夫なのだろうか。デフレであればそうかもしれないが、一度悪性インフラに移行したら「お金」の価値はなくなる。非常に過酷な状況なのである。だからといって貯金を崩して使ってしまえ、などと乱暴なことを言う気はない。これは個人レベルではどうしようもない問題だからだ。
 結局政府が、財政出動をするしか、このデフレを乗り越えることはできない。そのための政府だ。ところが政府(日銀も同様)は、デフレ対策ではなく、インフレ対策を行っている。
 先日、笹子トンネルの崩落事故があった。犠牲になられた方は気の毒でしょうがない。筆者も上京の折には利用しなければならない高速である。とても他人事(ひとごと)ではない。国民全員が「明日は我が身」と心得るべきだ。
 いま日本の社会基盤(インフラストラクチャー)は、かなり傷んできている。首都高速でも開通がオリンピックの年だから昭和39年、つまり48年も経過している。もちろんメインテナンスをしてこなかったわけではないだろうが、それでも老朽化は進行し、もはや「崩落」の危険性も指摘されている。卑近な例で恐縮だが、筆者在住の近くの橋もいきなり穴が空いてしまった(復旧には1年以上掛かった)。もうそろそろ公共工事が悪であるという単純な思い込みは止める時だろう。
 慥かに、前政権が「公共事業」を背景にして様々な悪を行ったことは間違いない。無駄な道路、利用されない空港、原発を飲み込ませるための箱物(電力会社が主体だと思っているかもしれないが、実は国の政策である)。この政策で破綻してしまった自治体さえある。だからこそ公共事業は、完全に「悪」であると大きく振り子は振れてしまった。この責任は大きい。その政党が今後10年に渡って200兆円を公共投資に回すという。年間20兆円という巨額の投資になる。おそらく日本中の老朽化したインフラに対処するには、これくらいの金額は必要だろう。
 だが問題は、自民党が自ら襟を正し、まずは国の将来のためを考え、徹底的に官僚を使いこなし、不正が入り込まないように管理できるのだろうか、ということである。
 現政権のマニフェストで国民は完全に騙されてしまった。慥かにナイーブであったと批判されてもそれは仕方がない。それより大きな問題は、マニフェストという「公約」の権威を完全に失墜させてしまったことである。政治家は、表現することが全てである。言ったことは守らなければ政治家ではない。假に実現できなくとも、なぜそれができなかったかを政治生命をかけて説明しなければならない。でなければ、国民は何を根拠にして「公約」を信じればよいのか判断が付かない。今回の選挙などまさに疑心暗鬼である。民主党にいた小沢一郎という人物は、マニフェストが掲げていた「ガソリン税の暫定分撤廃」が、その当時実現できたにも拘わらず横やりを入れあっさり反古にしてしまった。しかも今度は「未来の党」の影に隠れて、原発反対、諸費税反対などと訴えている。いったいどこに信義がるのか。結局このような人物が関係する党など、結局政権獲ったら公約など簡単に反故にするのだろうな、というのが大方の見方ではないか。国民はもう騙されはしないだろう。
 自民党は大丈夫だろうか。新生自民党になるのだろうか。二階俊博氏が業界団体の前で「さあ、皆さんお待たせしました!」と嬉々として公共事業の増強を喜んでいたが、この喜び方を見て国民は一抹の不安を覚えたはずだ。支持団体の会合だから羽目を外したとも思えるが、それだけか。

 二階俊博・鶴保庸介(和歌山) …紀伊半島一周高速道路
 三ッ矢憲生(三重) …紀伊半島一周高速道路
 町村信孝(北海道) …北海道新幹線
 野田毅(熊本)   …九州横断自動車道
 金子一義(岐阜)  …東海北陸道(4車線化)・東海環状道
 金子原二郎(長崎) …九州新幹線長崎ルート
 大島理森(青森)  …東北新幹線・八戸久慈自動車道
 林幹雄(千葉)   …千葉県道路協会会長
 宮腰光寛(富山)  …北陸新幹線・国道8号バイパス・富山高山連絡道路
 中谷元(高知)   …高知自動車道
 福井照(高知)   …旧建設省出身・高知自動車道
 金田勝年(秋田)  …東北縦貫自動車道
 高市早苗(奈良)  …京奈和自動車道 斑鳩バイパス 他
 脇雅史(比例)   …旧建設省出身
 佐藤信秋(比例)  …元国土交通省道路局長
 平井たくや(香川) …高速道路建設推進議員連盟・元国交副大臣・高松自動車道(4車線化)
 小野寺五典(宮城) …三陸沿岸道路

これを見ると、インフラの補修よりも新規建設の方に力を入れているようにも見えるが…。

 公共事業は必要であるがこういった不安もある。なんとも悩むべき問題だ。
 人のなす事で完璧なことなどない。過つのが人の性(さが)である。政党もしかり。
だからこと選択に困るのであるが、少なくとも「公約」を命がけで守って貰わなければ、話にならない。

●デフレを脱却すること
●国益をまず第一に考えること(国家には永遠の友も永遠の敵も存在しない、存在するのは永遠の国益だけである、パーマストン英首相)
●国防に力を入れること

国民は、政府に期待するしか道はないのである。
選択はとてつもなく難しいのだが。

Requiescat in pace:民主党
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2012年12月06日

「最高裁判所裁判官国民審査」の問題点

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

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 衆議院総選挙で完全に影に隠れてしまっているが、議員選挙だけではなく国民にはもう一つ重要な権利を公使する機会が与えられる。
「最高裁判所裁判官国民審査」だ。
既に選挙を経験されている方はご存じだろうが、この投票には大きな問題がある。
「信任しない裁判官には×をつけ、信任の場合には白紙で投票すること」となっている。
信任するもしないも、裁判官がどのような案件に拘わっていたのかの情報が公示されず、単に写真と経歴が書いてあるだけである。これで一体何が分かるというのだろうか。
さらに、何も知らない人に×を付けることは心理的に負担であり、よほど当該の裁判官について調べた人か、つむじまがり(?)でないと、結局白紙のまま投票することになる。
こんな投票恐ろしくないだろうか?
まるで独裁体制下の選挙のようである。
事実、この投票によって不信任された裁判官はいない。
では、投票で「信任する裁判官には○を信任しない場合には白紙のまま投票すること」に変えたとしたらどうだろう。
おそらく、裁判官は全員不信任となるだろう。
これから分かるように、投票自体が完全に操作されている。こんなことが民主国家にあっては絶対にならない。
地区を分けて、一つは、従来通りの投票で、もう一つは、今述べた方法で検証すれば、その欺瞞さは分かるが、政府は一向に改革には乗り出さない。
では、国民はどうしたらよいのだろうか。
意識的に全ての裁判官に×を付けて投票するのだ。
こんなことを言うと、「一所懸命頑張っている裁判官が気の毒だ」、「良い判決を出した裁判官もいる」という批判が吹き上がるだろう(政府はそういった国民の「優しい」心理も利用しているのだが…)
それは分かっている。しかし、そう述べる人々も今のままで良いとは、決して思わないだろう。
 古代ギリシャに陶片追放(オストラキスモス)という制度があった。これは、追放したいものの名前を陶片(オストラコン)に書き、一定以上の数を超えた時、その者は追放されるという制度であった。中には良制を為した者の名前もあったという。
なぜこんなことをしたのだろうか。
それは権力闘争を起こしそうな人物を排除したり、良制であっても長期にわたると政治は腐敗してゆくことを、古代ギリシャ市民は気づいていたからだという。彼らは人間の弱さを熟知していたのだ。
陶片追放は、その後廃れはしたが、一定程度の効果はあったと評価されている。
追放される側としては、理不尽だと思うだろうが、社会を安定されるためには必要だったのだ。
そこで、現代日本でこの陶片追放をしよう。
裁判官に罪はない。彼らには、民主主義の礎の犠牲となっていただく。犠牲と云っても独裁政権ではないのだから、命を取られるわけではない、それどころか職も生活も与えられ、路頭に迷う国民はいても、彼らが路頭に迷うことは絶対にない、という程度の「犠牲」だ。
さあ、皆さん、×を付けることに抵抗は持たないで頂きたい。むしろ改革のために×を与えましょう。
そうすれば、政府は考える、考えざるを得なくなる。
どのようにしたら最高裁判所が国民に目をむけるかを。
そして、改革はいずれ高裁、地裁に及び国民の信頼できる機関になることだろう。
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2012年11月30日

電子書籍のフォーマットを統一せよ

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

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 メールで電子書籍の広告があった。面白そうなタイトルなので、アクセスしてみたら、iPhone、iPadでしか見られず、「購入は出来ますがPCでは見られません」ですと。
 PCで見られない書籍を、PCのメールに送ってきてどうする。
 iPhoneで見られるのは結構、しかしPCで見られるようにしなければ、ユーザからすればそれはただの「不良品」。なんの価値もない。
 本屋で、「この本はこのメガネでしか読めません。こちらの本は、この装置を用意しなければ読めません」なんて事があったら、本など誰が購入するだろうか。こういう莫迦げた行為を電子書籍ではしている。本の本質を見誤っているぞ。誰でもどこでも読めるというのが本の良いところなのだ。
 さっさと、電子書籍のフォーマットを統一せんかい!
 PDFでいいじゃないか!
電子書籍.jpg
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2012年11月23日

韓国の侵略

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

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 竹島問題とよく言われる。しかし「問題」ではない「侵略」である。多くの国民は知らないかもしれないが、韓国によって日本人が殺害されている。他国から領土を侵略され、国民を殺害した時点でもう「戦争」なのだ。今度出来る新政府は、はっきりと述べるべきだ。国民は真実を知る権利があるし、真実に対峙する覚悟が必要だ。
 「戦争」だからといって、力尽くで竹島を奪還せよ、というのではない(自衛隊の実力なら奪還に1日掛からないだろうって? そうだけど、それはあくまで最終手段)。ヒントは、福沢諭吉翁の「脱亜論」にある。

「…もはや、この二国(注:支那、朝鮮)が国際的な常識を身につけることを期待してはならない。『東アジア共同体』の一員としてその繁栄に与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである。日本は、むしろ大陸や半島との関係を絶ち、先進国と共に進まなければならない。ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならないのだ。この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。私は気持ちにおいては『東アジア』の悪友と絶交するものである。(明治18年3月16日)」

と述べている。127年も経っているのに、状況が変わっていないということには全く呆れる。特亜は何も変わらない。まるで古代社会そのままに、現代を生きようとしている。世界でも類を見ない稀有な国々なのだ。
 韓国が何を言おうが、国内で騒いでいるくらいなら、不快であることを外交チャネルを通じて伝えれば良い。まだ大人の対応は出来るかもしれない。しかし、捏造された歴史を他の国々に喧伝されては黙っているわけにはいかない。国際社会では、黙っていることは暗に認めていると捉えられかねないからだ。厄介であろうともあらゆる手を使って論駁しなければならない。必要に応じて経済制裁も考えるべきだろう。
 たかが韓国の経済規模ならどうにでもなる。大見得切っているサムソンやヒュンダイなど、日本からのマザーマシンや資材(希ガスなど)を輸出制限すれば、あっという間に終わりである。いきおい韓国国債を多量に買い付ければ、韓国経済など吹っ飛ぶ(ウォン高、円安の狙い撃ちになる。他の通貨に対しては関係しない)だろう。
 政府がバカな談話を出す前に、虚偽捏造に関しては断固として糾してゆくという姿勢は絶対に必要だ。もううやむやな対応は取れないと国民は強く感じている。レイムダック李明博大統領が何をしたか、もう全ての国民が目の当たりにしたからだ。
 新政府も覚悟して頂きたい。対韓カードはいくらでもあるのだから、有効に使うべきだ。

 一方、Chinaだが、この国には国境という概念がない、自国が中心であると未だに信じている。いわゆる中華主義だ。本来なら、万里の長城以東、海洋までが国境の筈だ。チベットなどどれだけ苦しめられているか、尖閣諸島を侵略しようとする姿を見ても分かるだろう。
 だからこそ、周りの国々は連携して、この国に対峙しなければならない。14億の市場だ、とバカな幻想は捨てるべきだ。国家安寧なくして経済などあり得ない。反日テロによって十分理解したと思ったが、まだ幻想は捨てきれない企業もあるようだ。私企業だから、どうするかは自由だが、Chinaから東南アジア、インドなどにシフトした方が得策だと思う。諭吉翁が「『東アジア共同体』の一員としてその繁栄に与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである。」と喝破しているのだから。
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2012年11月22日

エネルギー政策について自民党への質問

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

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前略 自民党御中

 原発、エネルギー政策についてお尋ねします。
 まず、原発ですが、福島第一原発の事故を見て分かるように、この被害は数年どころか数十年或いはそれ以上の期間に亘り終熄は難しいと思います。従って、もう一カ所でも原発事故が起これば、おそらくこの国の終焉でしょう。
 そこで、貴党のお考えとしては、徹底的に原発安全基準を作り、それに従って廃炉に至る期限切れまでは稼働させるということと思います。電力不足に対する一つの苦肉の策であることは分かります。
しかし、果たしてそうでしょうか。
原発は、

1.ランニングコストが安いと言うが、多くの検証によりそれが怪しいこと
2.核廃棄物の最終処理法が確立していないこと
3.安全保障上、むき出しの原発は、仮想敵国の標的にされること


 特に、2に関してましては、假に即座に廃炉にしても大きな問題になります。ましてや、稼働させて、更に放射性廃棄物を増やすことは、今世代に対する負債のみならず、子々孫々に対する負の遺産になるでしょう。現代科学(近未来でも)では放射性物質を処理することは出来ないからです。
 深層地層処分を考えておられるようですが、地震大国である日本にとっては事実上不可能であり、日本学術会議によってもこの策を取らないようにと釘を刺されています。フィンランドのオンカロのような策は取れないと言うことです。
 ドライキャスクに入れて地上で管理するのでしょうか。しかし、この施設を受け入れる地方自治体はまずありません。とすれば、使用する電力量によって比例配分し強制的に保管させる、ということになるでしょうか。
 現実的には、原発のある場所で管理することになるでしょうが、現時点でもほぼ満杯状態になりつつある今、それも限界があります。
 従って、結論としては、これ以上核廃棄物は増やすことは出来ません。これにかかるコストも入れるとそれは1に関係しますが、結局原発は決して安い発電方法ではない、ということになります。
 3については、防衛上の問題で、はっきり言って今の原発がミリタリーレベルで保護されているようには見えません。もし保護されているなら、自衛隊が常駐して迎撃ミサイルの配備もされていることでしょうが、そうも見えません。仮想敵国にとっては、核弾頭を使わずも通常弾頭で核攻撃したのと同じ効果がでるのですから、標的にするのは間違いありません。結局これも1に関係し、防衛上のコストも加算するば、原発はとんでもなく高い発電方法であることが自然に導かれるのではないでしょうか。

 原発が使えないなら、エネルギー(電力)をどう確保するかという問題に突き当たりますが、最終的には維持可能な自然エネルギーに頼りたいところですが、これを主力発電にするには当面無理でしょう。いきおい水力、火力をベースにしなければならず、中でも火力発電に頼ることになります。しかし、中東や東南アジアから燃料を調達するにはコストが掛かりすぎます。
 そこで、提案なのですが、メタンハイドレートを利用したらどうでしょうか。既にご存じの通り、日本海側では、太平洋側と異なり、浅海底に剥き出し、あるいは、深くても100m程度の海底下にそれこそ無尽蔵に存在していることが、東大の松本良教授(地球惑星科学)の論文から分かっています。簡単に言えば海底に氷塊として存在しているのですから、さほど高度な掘削技術は必要ありません。既存の工法で対応できるでしょう。政府が予算を組んで試掘すら必要すらないかもしれません。早急に鉱区を設定して競りに掛け、民間にまかせたらいいのではないかと思います。法的は規制は必要最低限にすることです。実稼働は数年と掛からないのでないでしょうか。

 エネルギーに関しては出来ることはすべてやる、という姿勢をもって政治をして頂きたいと思います。
 この点、いかがお考えでしょうか。
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2012年11月20日

新エネルギー政策

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

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 アメリカではシェールガスの採取法が確立されてゴールドラッシュのように活況を呈している。喜ばしいことだ。同じように日本でもメタンハイドレートが日本海側に多量(無尽蔵!)にあることがとうとう確認された。しかも結晶(正確には氷塊かな)として海底に転がっているか、海底から100m程度の深度にある。これなら特殊な掘削法は要らないだろう。既存の工法で十分対応できる。新政府は実用化に向けて早急に予算を付けるべきだろう。
 もう十分に検証した通り、原発には未来はない。それどころか稼働させることは最終的に人類自身を滅ぼすことを意味する。核廃棄物を処理できないからね。となると主力発電方法は、今のところ火力発電をその候補にしなければならないだろう。将来的には、多種多様な発電方法が確立してゆくだろうから、主力発電としての役目も次第に縮小していくだろうが、今のところは頼る他はない。
 日本は電力に関しては自立できるのである。今まで資源小国に甘んじていたが、今や資源大国として屹立できるのである。
 要は、覚悟だ。どんな覚悟かって?
 既得権益者放追(無視)の覚悟だ。
 資源はある。技術もある。そしてすぐにでも掘削(というより「拾う」だけ?)できる。障碍は掘削させない勢力の排除だけではないか。
 原油輸入業者には、対応の仕方によって多大な損失が出るだろう。現時点までに纏めた油田開発などの権益をどうするかなどの課題があるから、易々とは引き上げられない。また、「本当に」資源が無尽蔵にあるのか、という懸念もあるだろう。従って、メタンハイドレートに関しても、簡単にはシフトできないかもしれない。特に日本の意思決定は、世界標準に比べて非常に遅いし、これによって利益を損なうことも多い。
(少し余談だが、NHKで「メイド・イン・ジャパン 逆襲のシナリオ 第2回 復活への新戦略」という番組を見たのだが、その中で、リチウム電池の調達を日本、韓国で考えていたベンチャー企業の要求に、日本のある企業は、「どれだけメリットがあるのか分からないので、社内で異論があって、どうのこうの…、調整して、云々かんぬん…」と述べていた。この期に及んでまだごちゃごちゃ言っている。それに対し、韓国企業は、既に条件を決め早く受注してくれと要求してくる。それに対してベンチャー企業の社長は更に値引きを要求し、契約に結びつけたようだ。社長は日本人だが、この日本企業の応対に、口にこそ出さなかったが、「これじゃ話にならないね」という思いが、画面からありありと読み取れた。
 売ってなんぼの会社がこの体たらくである。これじゃ世界を相手に互していくのは相当難しいだろうな、と思ったものである。とにかく、決断ができない。まあ大東亜戦争でも決断できなくて、結局「有利な敗戦」は出来なかったのだから、日本人特有の骨がらみの特性なのか)
 原油輸入業者だからといって、この新しいビジネスに参加してはならないということはないのだから、もっと積極的に投資をして、早いうちに権益を確保した方が、会社にも日本社会にも利があると思うのだが、違うだろうか?
 もう一つ気に掛かることが「噂」として流れている。「日本を資源大国にしない」という勢力があるというのだ。それも「アメリカ」からだという。まさか日本という「独立国」がそんなバカな戦略に乗せられるとも思えず、おそらく「都市伝説」の一つだと思うが。ただ、日本政府の対応は非常に遅いということは事実としては、ある。iPS細胞の研究にやっとこさ予算が付き始めた(以前からそこそこは出てはいたのだが…)のだから、宜なるかなだが、政府の中には、こういった将来性のある事業を見抜くだけの「目利き」が少ないのか。役人根性なのではあるかもしれないが、どうも失敗しないように、失敗しないようにと、ことを進めている気がしてならない。
 マグネシウム燃料という考え方も面白いと思う。自然太陽光レーザが実用化できるかどうかにすべてが掛かっていて、これが完成しないことには、絵に描いた餅になってしまうが、マグネシウムがサイクルに乗れば、マグネシウムは海に無尽蔵にあるから期待できる。マグネシウムと聞くと、眩しく燃える金属を思い浮かべ、ええっ、金属を燃やしちゃうのと、訝しがるかもしれないが、酸化還元のサイクルが自然太陽光レーザによって出来れば、有望なのである。

 総選挙が行われ新しい政府が出来ることだろう。自民党になるのか、第三局が獲るのか、全く未知数であるが、新しい政府には、是非とも将来の資源について、真剣に考えて欲しい。
二番じゃだめなんですよ。
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2012年11月19日

混乱の総選挙

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

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 いよいよ総選挙が始まる。やっとのことで国民を愚弄し続けた民主党政権は終わる。こういう言い方をすると、「いや、色々重要な法案は通した。前政権の『負の遺産』が大きすぎて独自の政策が取れなかった」と必ず言い返してくる。
何を言っているのやら。
マニフェストに掲げたことをやることが、政権を与えることの必要条件である。その中には実現させるための「財政的裏付」があることは言うまでもない(そうでなければ先の必要条件を満たしていない)。
 もちろん政権交代したからと言って100%即座に実現できるとは有権者の誰一人として思ってはいない。半分もできれば及第で、あとは道筋が示されるだけでも良い。しかし、現実はどうだったか。簡単にできた「暫定的ガソリン税の撤廃」さえ「やらなかった」。それもたった「一議員」の横やりによって。
 一事が万事この調子で、民主党は、最後まで烏合の衆であり続け、挙げ句の果てに瓦解した。自らの党ばかりでなく、政治にまで混乱の種を持ち込んだ。
 ならば「第三局」か?
 維新の会が、台風の目であることは間違いないが、橋本大阪市長には、疑問も出てきてしまった。それが「大飯原発再稼働問題」である。当初反対していた彼は、原発廃止を訴えながらも、再稼働を認めてしまった。電力が不足したらどうするのか、という危惧からだったかもしれない。為政者なら現実的な側面を考慮しなければならないのは分かる。しかし、関西圏の多くの市民は、夏の間位は仕方がないと覚悟を決めていたのだ。筆者はここに「んっ?」と、この人は為政者として信頼できるのかと一抹の不安を覚えたのだ。
 同じことが、石原慎太郎元都知事にも当てはまる。尖閣諸島購入問題だ。慥かに、国民に大きく領土侵略問題をアピールするには良かった。しかし、結果は政府に横やりを入れられ、国が保有することとなった。最終的に国が保有することが良い事は誰の目にも明らかだが、彼は、港湾の整備、灯台の建立、諸島の資源調査などして最終的には国に売却すると言っていたはずだ。これでは、国民の目には「大風呂敷を拡げてやりっぱなし」と映るのではないだろうか。慥かに、島の所有者に対する政府の圧力は相当なものがあっただろう。「東京都に売却したら、法的可能なあらゆる手段で税金を掛けてやる」位の脅迫は、陰に陽にあったに違いない。「国に売却するのが国民の義務だ。税金も最大限に考慮する」とも言っただろう。一個人が国に対峙するのは困難だ。だからこそ都知事の力量が問われるのだが、不快感を露わにしただけで終わりである(それとも単に所有者が強(したた)かだっただけか?)。

「その木がよい木であるかどうかは、その果実を見れば分かる」(マタイ福音書12:33)

 民主党に関しては、十分にその果実を見せて頂いた。橋本大阪市長も石原慎太郎元都知事に関しても、その果実の一部は見せて頂いた。
 第三局と言いながら、政策はバラバラだ。大同に付いて小異を越える、とでも言いたいようだが、假にそれで政権を奪取したとして、民主党のようにならないと、一体誰が保証してくれるのか。もちろんそんな者はいない。結局は国民が責任を取るしかないのだ。しかも、そうなったら間違いなく混乱することは火を見るよりも明らかだ。

選択はしなければならない。決断と言っても良い。
しかし、誰を?
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2012年11月15日

ほら始まった消費税増税予防線

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ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答
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 消費税増税には、経済環境が改善されないことには増税しないという「景気条項」があるが、「景気判断する時には(景気が良かろうが悪かろうが)どうせ上調子になるんでしょ」となり増税となることは、もちろん皆様お気付きの通りだと思うが、その前振りとして、藤井裕久氏という財務省の走狗が新聞のインタビューに答えている。全く民主党政権とは何だったのか、今では臍を噛むしかないが、それにしても露骨なこと言うもんだね。
成長率1%なら消費増税可能.jpg
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2012年11月14日

誠実に応えたらどうかな

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ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答
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 ミャンマーでは、日本車それもハイブリッドのホンダ「インサイト」が人気であるという。ところが「ホンダからは検査機も整備マニュアルも部品さえ送ってこない。」(産経新聞2012/11/10付記事)という。経済制裁のあった1994年ホンダトレーディングが撤退した時から何も供給されなくなったのだというのだ。それではと、タイ・ホンダにも接触したが取引を断られているという。自動車は売りにくくなっているのに、なんだか「殿様商売」っぽいという気がするのだが、何か事情があるのだろうか。少なくとも、要請があれば、ホンダ本社から、いの一番で状況を調べに行って対処した方が、「誠実な日本企業」という看板を下ろさなくて済むと思うのだが、どうだろう。おそらく本田宗一郎がいたらぶん殴られていたのではないか、幹部は。「ユーザを蔑ろにして商売などできるか」と。
 そんなところまで手が届かない、というのかもしれないが、日本企業はそういう困難を乗り越えて、メーカとしての信頼を勝ち取って来たのだから、ことはそれほど安穏とはしていられないと思うな。信頼を失うのはあっという間だから。
 洗濯機をイモ洗い器に使っていたのを嘲笑っていた電器メーカがちらちら脳裏に浮かぶのだけど、そういうことではないよね。Chinaや朝鮮を除けば、ほとんどの国は、信頼には信頼、義には義で応えてくれると思うので、丁寧な対応は忘れない方が良いと思う。
ミャンマーは今(中).jpg
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2012年11月12日

民主党の罪悪

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ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答
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 マニフェストを掲げることによって民主党は政権を獲った。自民党に対する失望も影響したし、アメリカのような2大政党による成熟した政治を願ったことも一因である。
しかし、実際この政権交代劇はどうだったか。問うまでもなく失敗で国民の一大不覚だった。
 日本国民は、先日行われたアメリカ大統領選挙を指を咥えて見ているしかなかった。過激でもあるし暗黒面もある。しかし、国民の前にすべてではないにしろあらゆるものが暴露されていた。国民は、清濁併せ持って、為政者を選ぶことができるのだろう。
 ナイーブな見方ではあると言われるかもしれない、それは認めよう。陰謀論者ならずとももう少し深読みすれば、表面的すぎるかもしれないし異論もあるだろう。それでも国民の前に多くの問題が提起されるのはやはり民主主義としては進歩しているのではないかと思ってしまう。特に日本にいれば尚更だ。印象的なのは、政治家の「嘘」に対する捉え方が、日米でかなり違っていることに驚く。
 彼の地では、政治家の嘘は、まさしく命取りであり、一度口にしたものを違(たが)えれば、合理的な説明ができない限り、彼は責任を徹底的に追及され、二度と政治家にはなれないだろう。翻って日本はどうか。普天間基地問題を、壊滅的に引っかき回しながら、「秘策はある」と嘯き、結局何の秘策もないことが発覚しても、悠々と政治家を続けている元首相。しかも自ら政治家を辞めると宣言しながら、思い返したと言い、衆院解散後も出馬することを決めている。「マニフェストに書かれていないことはやらないんです」と言いながら、マニフェストではやらないと宣言しながら、十分な検証もなしに、さっさと消費税率を上げ、「近いうち解散」を約束しながら、未練たらたら総理大臣の座を降りない現首相。
 あまりにも嘘だらけで、国民は呆然として笑うしかない。
 今回のこの悲劇に一部の有識者は、「だからマニフェストなんてできないと言ったではないか」と国民を責める。しかし、考えてもみて頂きたい。「政党、政治家が、言ったこと、公約したことを判断して政権を与えたことが誤っているというのであれば、国民は何を基準にして投票行動を起こせばよいのか」ということを。国民は常に、その言説の裏の裏まで精通していなければならないのだろうか。それを実現する予算は確保できるのかどうか、など常に政治評論家レベルの知識と智慧を張り巡らして、監視していなければならないのだろうか。「その通り」と答える有識者もいるだろう。ならば、政治的議論に係わる資料は原則すべて公開されなければならない。大小に拘わらず委員会は、原則公開されなければならない。税金を使って行う全ての活動は明らかにされなければならない。まずはそこから始めるべきであり、それを確約させなければならない。さきほどの有識者もそれを推進するように働きかけなければ、国民に対する批判は的を外している。一般の国民は、特殊な情報入手ルートなど持っていないからだ。
 国民がナイーブであったことは認めるよう。しかし、単にマニフェストの甘い罠をすべて信じたわけでもない(と思う)。少なくとも「何かが変わる」ということを信じて投票したのではないか。前政権がなしえなかった、この閉塞した社会状況を。それを責めるのは少々酷なのではないか。騙された方が、騙した方より嘲笑われる(Chinaではそうらしいが)のなら、詐欺罪など刑法からさっさと外すべきだろう。
 まあ、前回の選挙で相当失望した国民は、どんな政党がマニフェストやらアジェンダを出そうが、今度は簡単には信用しないだろう。政治は大きく混乱するに違いない。とはいえ、政治家は、嘘を言いたい放題、国民は疑心暗鬼を生じる、こんな展開ははあまりに不幸だ。この意味でも民主党は万死に値する。約束を果たせず、その気もないのであるなら即座に解党すべきだ。
 多くの国民は、有識者が言うような、「口を開けて一方的に受け取ることを望んでいた」のではない。断じてない。例えば、高速道路が無料になって個人が得するだろうと考えていたのではない。人の移動や物流が盛んになり、この閉塞的なデフレ脱却の契機(きっかけ)になるではないか、と踏んだのである(物流業者はかなり期待しただろうが)。ガソリン税の暫定部分も、いい加減、不明確であるから、外せるものなら外せと言ったのである。本当に必要であれば、マニフェスト通り廃止した上で、再度議論すれば良いことであろう(これなど、マニフェスト通り即座に廃止できたものを、小沢一郎氏が潰してしまったのではないか(この時点で民主党は小沢氏を放逐するのが筋ではなかったか、マニフェストに違反したのだから))。
 いずれにせよ、国民は困惑しきっている。近々来る選挙にどう対応してい良いか分からないのだ。マニフェストや公約が、単なる「餌」であり、実現する気もないのであれば、どの党も信用できない。かといって誰かは選ばなければならない。懊悩に耐え難いのだ。
 マニフェスト(公約)の意義を地に落とし、成熟すべきだった2大政党による政治の運営を大きく毀損し、政治を混乱におとしめた民主党。
 もう二度と復活はない思へ。
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2012年11月11日

中国を経済的に発展を許すな

LOTO6をはじめる前に読む本


ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答
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 Chinaという国がどういう国であるかは、幻想に捕らわれていた日本国民も十二分に理解できたと思う。「世界の工場」だとか「巨大消費国」とか、褒めそやされていたが、実情はかなり怪しい。規模は慥かにあるかもしれないが、巨大スイカが不味いように、質とのバランスの上でこそ成り立つものだろう。
「世界の工場」という項目で見ても、そこそこの技術しかなく、先進国からの要求事項に関して答えることは難しく、アセンブルが精一杯で、先進国の部品(日本、アメリカ、ヨーロッパ製など)を組み上げる程度のものだろう。賃金もうなぎ登りで、メリットはかなり損なわれ、これでは日本で作った方が安上がりではないかとの声も聞く。加えて共産党一党独裁や、それに伴う政情不安定というのは、大きなリスク要因で、これらを勘案すると、中国に進出するメリットはさほどない。エレクトロニクス関係なら台湾の方が遙かに優れている(比較すること自体失礼か。台湾の皆さん、すみません)。
 ビジネスが成立する最大の要件は、「約束を守る」ということに尽きると思う。つまり「契約」を守れるかどうかだ。残念ながら、Chinaにはこれが最大の要件であることを理解していない。こういう近代世界では普通の感覚が、Chinaでは歴史的に醸成されることがなかった。皇帝を中心とする国と民は完全に分離され、大衆は搾取の対象でしかなく、生きることだけに精一杯であったことを考えればその事情も分かる。だからといって、それを現代世界に持ち込まれては困る。
 中国、朝鮮などは、未だに古代社会を生きている。弱肉強食という「獣の論理」で生きている。曰く、「騙される方が悪い」、「力で強制する」、「領土は奪うもの」等々。アメリカでもこの傾向は強い(さすがに最後の項目は今のアメリカにはないと思うが…)が、大きく違うのは、ルールに従って競争しているということだ(だからこそ自らの手でルールを決めたいという思いが強い)。これを外れたら、まさに「獣」そのものになってしまうからだ。とても近代国家とは呼べない。
 「世界の工場」だとか「巨大消費国(単なる可能性)」になるだろうとか、そういう表面上の認識ではなく、どういう国家であるかを見極めないと、世界は、とりわけ日本は、壊滅的な痛手を被ることになるだろう。
 朝鮮程度の規模であれば、まだ封じ込める手立てはあるかもしれないが、GDPで2位となったChinaには、最大の注意を向けなければならない。具体的には、これ以上経済的に発展させてはならないということだ(軍事費増大が危険なことは言うまでもない)。
 ここまで巨大になると実行は難しいだろうが、企業のポートフォリオからChinaが占める部分を漸次減らしてゆく戦略は建てるべきだ。経済的に後退し、世界とどう付き合っていかなければならないかを身を以て理解するまで、Chinaに投資するのは慎重であるべきだ(中華思想と共産党一党独裁がある限り難しいだろうが)。
 むしろ、他のアジア諸国と連携してChinaを囲い込む方がよい(小中華である韓国は対象外)。イギリスの植民地としての歴史を持つインドは、もちろんイギリスの過酷な負の部分と、しかし、近代的な思考という功の部分も理解しているように思える(パール判事という存在がその見本)。
 東南アジア、インド、ブラジル、アフリカなどが将来、世界経済を牽引してゆく有力な国になるのではないか。
 古代社会を乗り越えられない中国に期待するのは、世界不安を齎(もたら)し、大きな誤算となるだろう。
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2012年11月10日

低線量でも白血病(新聞記事)

LOTO6をはじめる前に読む本


ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答
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2012/11/9 信濃毎日新聞より
低線量でも白血病)).jpg
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2012年11月07日

つるかめ算

LOTO6をはじめる前に読む本


ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答
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 小学生に問題(実は連立方程式)を解かせるものに、「つるかめ算」というものがある。しかし、パズルとしては面白いと思うが、算数や数学としてはどうなのか。
 例えば、
「ツルとカメが合わせて8匹、足の数が合わせて26本であるとき、ツルとカメは何匹(何羽)いるか」
というような問題だ。
 でもこの問題、突っ込みどころ満載だ。
だいたい「ツルとカメが合わせて8匹」という時点で、「あんたはツルとカメの区別がつかんのかいっ!」とまず思うだろう。別に揶揄しているわけではない。実際こういう問題設定をすると小学生なら問題の前に悩んでしまうだろう。大人のくせにツルとカメの区別ができないのかなぁ、と。
 つるかめ算は連立方程式をx,yを使わずに小学生でも解けるようになる良い方法だ、と思われている節があるが、そうではないと思う。むしろ混乱するのではないか。
まず、先ほど述べた、「ツルとカメが合わせて8匹」という時点でツルとカメの数は分かってしまうからで、既に問題設定の意味が分からなくなる、つまり何の意味があってこの問題を設定したのかが理解できなくなり混乱するだろう。こういった「ひっかかり」というのはかなり重要で、もはや算数の問題ではなくなってしまうのだ。むしろ頭の良い子の方が混乱してしまうかもしれない。
どうしてもこういう問題を作りたいのであれば、

「2種類のタコがいます。
昼間見ただけでは全く区別が付きませんが、夜になると、足の先が2本光る種類のものと、4本光る種類のタコであることは分かっています。
この2種類のタコを昼間数えると8匹でした。
また夜、光るタコの足を数えたら26本ありました。
2つ光るタコと4つ光るタコはそれぞれ何匹でしょうか」

とした方がすんなり問題の意味が理解できるだろう。
児童が理解できないのは、もしかしたらこういった「変な問題」を与えてしまう大人の責任かもしれませんねぇ。

それにしても、2つ光るタコをx、4つ光るタコをyとして、

x+y=8
2x+4y=26

と考えるのは、本当に理に叶っている。全部のタコが足2本光るものとして、云々かんぬん、より理解しやすい。
とはいえ、今度は、数を文字で代表させるという考え方を教えるのに苦労するだろうし、どのように解けばよいかを教えるのも一朝一夕にはいかない。
はてさて、難しいところだ。
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2012年11月06日

『道具としての相対性理論』の訂正

LOTO6をはじめる前に読む本


ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答
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『道具としての相対性理論』に関して訂正がありましたので、アップ致します。
以下のサムネイルをクリックして下さい。
道具としての相対性理論Errata1.jpg
道具としての相対性理論Errata2.jpg
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2012年10月31日

家電メーカの再生

LOTO6をはじめる前に読む本


ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答
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 デフレが解消しない折、家電メーカは価格破壊によって大打撃を受けている。高品質が売り物の日本家電だが、その微妙な差がコストパフォーマンスとバランスが取れず、結局安い韓国、中国の商品に流れてしまうということなのだろう。
 例えば、慥かに日本のHD液晶テレビは表現能力は優れていると思う。しかし、その差も価格差に見合っているとはなかなか判断されない。だいたいテレビにそれだけの高画質を望むユーザはそう多くはない。お笑い番組やニュースなどHDである必要すらないし、ドラマも内容がまず重要視されるのであり、そうでないものをHDする価値は殆ど見当たらない(私的判断だが)。米国ドラマの「Law & Order」など、初期の作品はSDであるが、それでも見る価値はあると思う。やはりコンテンツが主体でテレビはそれを生かす手段でしかない。
 表現装置に良いものができれば、コンテンツもそれに着いてくると言うのは、従来表現できなかったものが表現できるというメリットもあるから、本末転倒とは言わないが、それに近いものはあると思う。
 例えば、PlayStation3(PS3)という非常に優れたゲーム機がある。この装置の表現能力は非常に高い、グラフィックコンピュータといってもいい。しかしだからといって、ゲームそのものが面白いかどうかは、全く別物だ。むしろゲーム会社は、その表現能力を生かそうと躍起になってしまい、ゲームそのもののエンターテインメント性を失わせてしまっているのではないか。
 事実2世代も前のPlayStation(PS)での「バイオハザード」などのゲームは、あのハード仕様でよくぞ表現したものだと感嘆され大ヒットした。その後Wiiによってリメイクされた際、本来このゲームが意図していた表現ができたのであるから、優れた装置は必要なのだが、やはりその順番はコンテンツ優先であることには違いない。
 PSはその後PS2と進化し、このゲーム機でゲーム市場はかなりの隆盛をみた。ゲーム機の性能とコンテンツのバランスがほどよくマッチしたのではないかと思う。今でも性能的にはPS2で充分だろう。今でも表現力とソフト開発容易性では高バランスを保っているとと思う。
 メーカとしては、いつまでもPS2に留まっている訳にはいかないというのはその通り。しかし、高性能になればそれだけ扱うデータ量、プログラミングの量も増えるから、体力のないソフトハウスは大変なはずだ。
 HD液晶テレビが、4K〜16K(現行HVテレビの4倍から16倍の解像度)を目指している。技術としては当然の流れだろう。記録メディアも現行のBlu-rayの容量が25GB〜50GB、BD-R XLでも100〜128GBだからBlu-rayに変わる新しいメディアが必要になるだろう。ユーザとしては、またかぁ、という気持ちにもなる。
 ビデオレンタル店をみれば分かるように未だDVDが主流だ。Blu-rayは思ったようには主流にはなり得ていない。それにあまり普及させようという気もないようだ。というのも、一時DVDとBlu-rayどちらでも読めるメディアがあったのだが、今では見ない。DVD,Blu-rayどちらでも再生できるのだから、面白いメディアを作ったものだと感心したのだが、あっという間に消えてしまった。コストの問題があったのかもしれない。しかしこれはチャンスではなかっただろうか。
 しかも、(Blu-rayというよりは、ビデオ規格の問題だが)SONY陣営とPANASONIC陣営の意地の張り合いがあって、PANASONICは、Blu-rayにHDで記録できるだけではなく、従来のDVDにも記録できるというAVCRECという規格を持っているが、Blu-rayに拘り続けているSONYは、これができない。記録規格の混乱によって、ビデオテープレコーダーで混乱させた以前のVHS、β戦争を彷彿とさせ、ユーザとしてはうんざりだ。この点で問題があるのはSONYの方ではないかと思う。技術中心主義でユーザの都合などお構いなしに上から目線で規格を押しつけてくる。
 VHS、βは、そもそも物理的に形状が違うから、使える、使えないははっきり分かるが、Blu-ray(或いはDVD)ディスクでは見た目で区別できない。ユーザからすれば同じBlu-rayディスク(或いはDVD)でも機種によって再生できないなどというのは言語道断だ。
 また販売用のBlu-rayソフト(映画)の読み込み時間が異常に長いのも問題だ。映画を見たいだけなのに延々と待たされるのでは堪らない。冗談抜きで壊れたのかと思った。
 問題はまだある。入力にディジタル端子が存在しないのである。いや、正確に言おう。iLinkやLANなどでディジタルデータを入力することはできる。しかし、VTR時代には明示的にあった入力端子が、現行のディジタルレコーダには、ディジタル入力端子(例えば、HDMI)がないのである!スマホのHDMI端子からレコーダに繋げないのである。
これは普通、半製品と呼ばれるものではないのか?
メーカがこんなユーザを馬鹿にしたような製品を作るからそれはブーメランとなってメーカ自身に返るのだ。
これがレコーダ普及の足枷の一因だろう。
 上記に挙げたiLinkには、困った経験がある。A社とB社の製品をiLinkで繋げたのだが、繋がらない。そこでA社に尋ねると、開口一番「当社の製品同士ですか」と逆に訊いてくる。そうではないというと、「他社製品との接続に関しては当社では分かりかねます」と答えるではないか。iLinkというのは接続の規格であろう。にも拘わらず、「接続」ができないから尋ねているのである。繋がらないとは、メーカとして技術者として恥とは考えないのだろうか。こういう姿勢では、規格化などに拘わって欲しくない。機能しない規格なんて意味がない。

 ユーザから見れば、混乱しているのはメーカ自身だ。それで「売れない、売れない」と嘆いても、ユーザは買いたくても買えないということを理解していない。それぞれのメーカの創業者の信念はどこへ行ったのだろうか。ユーザを置いてきぼりにしてメーカの繁栄などあり得ない。
 良い例がある。海外で洗濯機を、なんとイモを洗うのに使っていた。日本のメーカは馬鹿にして見向きもしなかったが、サムスンは、なるほどこういう使い方もあるのかと、早速イモ洗い専用の「洗濯機」を作って販売したところ大人気となったという。
 もちろん成功例もある。こういった経験を積んでか、インドでは、セパレート型のエアコンを導入して成功を収めているらしい。とにかく冷やしてくれ、というのがインド人の要望だった。しかしセパレート型は多機能で、窓に設置するタイプのものに比べて高価格であった。そこで冷やすことだけに重点を置き、窓設置タイプと同価格程度までにしたら売れたという。分離した方が、室内機は小型化できるし、騒音も少ない。しかも窓の機能を損なうこともない。だから売れないわけがない、ということだ。
 同じインドで、テレビもインド人の感性に訴え、売れているという。インド人は、鮮明な赤、鮮やかな青が好きらしい。そこでこれを強調した色彩に変更したところ売れ行きが上がっているという。少々高くなっても選んで貰えたら、それこそ技術の勝利ではないか(画像を破綻させずに強調するのはかなり経験と技術が要るらしく、一朝一夕に後進メーカが追いつけるものではないとのことだ)。ディジタル化で商品の差異化が難しくなっている折、こういったところに技術力を発揮できる部分があることは一筋の光明だろう。

 良いものが売れるのではない、必要なものが売れるのだ、という当たり前のことが、技術中心主義の日本メーカにはよく理解できなかったのだろう。ユーザの要求に答えるのが、まず第一義である。技術は裏で磨くべきものだ。決して押しつけてはいけない。さらりと差異を示すのがかっこいいではないか。

日本メーカには、また花を咲かせて貰いたい。
LOTO6をはじめる前に読む本


ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答
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2012年10月23日

無実なのにどうして自白したのか?

コンピュータウィルスによって誤認逮捕された問題については、以前述べたが、どうも焦点がぶれているようでならならない。
問題の核心は、誤認逮捕ではなく、無垢でありながら自白していることである。誤解を恐れずに言ってしまえば、その他のことなどドーでも良い。こういった知的犯行はこれから増えることは間違いないから、FBIのようなエリート集団を作らない限り解決はできない。逆を言えば解決策はあるからだ。
 しかし、自白を誘導、捏造することは、それ以上に早急に対策を講じないことは、冤罪を捜査機関が暗黙的に助長していると言わざるを得ない。
 捜査員が特定の人物を「犯人」だと思い込むと、犯人であることを補強するような証拠探しばかり行い、「被疑者」の言い分をまず聞かない、という傾向が顕著になる。捜査官の心の内では、「『犯人』の言うことなどウソに決まっている」となるのだろう。こういった「潜入捜査」ならぬ「先入観捜査」が問題なのだ。社会的に大きな問題にならないのが不思議なのだが、痴漢事件などその最たるものだろう。被害者と被疑者の言い分が違い、かつ被害者も確実に被疑者を特定できない事件であっても、一度疑いをかけられたら、もう逃れる手はずがないという。弁護士でさえ、「その場から逃げられるものであればすぐに逃げて下さい。捕まっても潔白であるから問題はないと決して思ってはいけません」とアドバイスするくらいだ。
これを恐ろしいと思わないか?
電車に乗る時には、絶対に女性(老若の区別はない)のそばは避けるべきだ。これは鉄則だと考えておくべきだ。
 一度「犯人」という心証を得られると、もうなすすべがなくなり、事実上、後の人生は悪夢になることだろう。仕事はなくなるし、家族離散もあり得る。
 冤罪ほど人の心身を殺す「犯罪」はない。しかも官製であるから始末が悪い。

 袴田事件というのがあった。先日TVで放映されたが、その中で一度も裁判に出てこなかった証拠に「自白テープ」というものが紹介されていた。一聴するに、自らの犯行を淡々と語っているかのように聞こえるが、実際には、それ以後に発見された証拠と異なる供述を語っていた。その部分は割愛するが、明らかに供述が誘導されていることが分かる内容であった。
 一日中密室で13,4時間も何人もの捜査官に問い詰められれば、どんな人間だって精神的に破壊されてしまうだろう。だからこそ先進諸国では、供述に関しては厳しい見方をしているのだ。ひとり日本だけが、江戸時代から続く「自白」に頼りすぎ、物証などの確たる証拠を軽視しているとみえる(そんなことないだろうって? だが報道によると、大阪府警の警部がタバコの吸い殻の証拠捏造したのはどういうわけか。彼個人の資質の問題か? これは氷山の一角だろう)。
 日本は「空気(pneuma)」に支配されている国家である。この空気によって物事が決まる。捜査官の被疑者に対する態度もそうであり、「推定無罪の原則」など端からない。
 国民だって犯人の逮捕はして貰わなければと思っている。しかし、無垢の民を逮捕して良いとは誰一人として思ってはいない。
 そうでないと、2つの大きな罪を犯すことになる。
一つは、「冤罪」もう一つは、「真犯人の野放し」だ。

 そして、無関心でいれば、あなたもいつかは巻き込まれる。

最新刊
LOTO6をはじめる前に読む本
ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答
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2012年10月12日

WiLL「原発ゼロ」でいいのか!を見て

 WiLLという雑誌はわりと好きでほぼ毎月号買って読んでいるが、今回の緊急増刊11月号の「『原発ゼロ』でいいのか!」については、少々がっかりした。その中で小出裕章氏と澤田哲生氏の対談が載っていたのだが、まず澤田氏の勇気は評価したい。逆境の中で小出氏と対談をしようという人はそうはいないだろう。
それはさておき。
 まず原発が経済に与える問題については、小出氏もかなり過激で、
「国土面積で世界の数%しかない国が、なぜ世界第三位の経済大国である必要があるのですか。それ自体がおかしいということに気づくべきです」
と述べているが、この意見には与しかねる。日本は、さまざまな資源が不足している。食料にしても燃料(これは明るい話もある)にしてもそうだ。特に食料の輸入が断たれると現在の人口を維持することはできない。かなりの確率で飢えてしまうことになるだろう。極端な話、江戸時代のように鎖国をして自給自足でまかなえる人口は、2千万人位に過ぎないのではないか。やはりそれでは困る。貿易によって立国せざるを得ないのである。問題は、食料ばかりではない。人間として何か創造したくても、資源がなければそれもできない。延いては生きる意欲も失われることになりはしないか。戦後の昔(わずか67年前)の生活を知っている人なら、もしかしたらかなり耐えられるかもしれないが、食料に何等不足を感じていない現代人では、意識を変えることなどまずできないと思う。ただ生きることが生きることではないはずだ。人はパンのみで生きていくことはできないし、そうすべきでもないと思う。戦後を生きてきた人々も明日は良くなると信じていたから復興ができたのではないだろうか。
小出氏の意見は少し極端に過ぎるだろう。
とはいえ、原発をゼロにしろという意見には賛成である。
何故なら、何度も繰り返すが、高レベル放射性廃棄物の処理ができないからである。これに関しては、両氏は、

 小出 日本では、まずは三百年間、監視するといっています。しかし、三百年安全だったからといって、百万年安全だとは言えません。」
 澤田 安全か安全でないかということに関連して申し上げると、先日福島第一原発を視察した際に、ドライキャスクが何台か置いてある建物を見ました。その建物は津波の襲来を受け、周囲のいたるところに車が突き刺さっている状況だったのですが、ドライキャスクそのものは全くびくともしていないんです。それを見たとき、ドライキャスクの安全性を実感しましたね。

 ドライキャスクの安全性がどの程度であるかは、これからの話であって、現時点で物理的に堅牢であったとしても、放射能が安全なレベルまでになるまで持つはずはないだろうし、リトリーバル(回収可能)にして容器を変えるにしても、超長期間管理することが可能であるかどうか、人類がそれを完遂できるかどうかは、全くの未知数である。放射能が安全なレベルになるには、10万年単位の監視が必要だからだ。ホモサピエンスが生まれて20万年程度に過ぎない。10万年先に人類がいるかどうかすら分からず、地球がどのような状態に陥るかどうかもまた不明であるのに、簡単に10万年という時間を口にするのはあまりにも無責任ではないか。
 それに、原発を再稼働させるということはこの高レベル放射性廃棄物を更に生み出すことを意味する。現時点でさえ、原発に保管される高レベル放射性廃棄物は、ほぼ満杯状態だ。六ヶ所村の中間貯蔵施設でもその深刻さは無視できない。ならばと、政府は、深地層埋設処分を考えたいのだろうが、これとて日本学術会議によって、日本では無理だと釘を刺されている。
 では、ドライキャスクを多量に作って、原発周辺にリトリーバル可能な貯蔵施設を作って管理するか、電力消費量の割合によって強制的に、自治体に管理させるという法律でも作らない限り、この問題は解決できないだろう。そうなった場合、溜まる一方のドライキャスクの管理は、単に放射能管理ばかりではなく、テロ対策なども行わなければならなくなる(もちろん現時点でもそうしなければならないのだが、更に強化しなければならなくなる)。貯蔵施設も増える一方だ。尾籠な話をすれば、ある災害によって、マンションのトイレが一斉に使えなくなったとする。どこにも排泄物を置く場所がない。しかし排泄を止めることはできない。いきおい、ビニール袋などに入れて部屋にでも置いておくしかなくなるが、いずれ破綻する。これは空想ではない。実際の災害では、この排泄物の問題は一番速く発生する。しかもこの汚染によって、病気の蔓延が大問題になるのだ。このアナロジーと一体何が違うというのであろうか。
 原発はコストが安いと言うが、この管理費用を加味した時、本当にそれが言えるのかどうか、冷静に考えれば分かるだろう。
 「ランニングコストは安いから現時点では使うべきだ」という意見もあるが、いま語っていることを考えれば、ランニングコストも安いとは言えないだろう。ランニングするにしても、再稼働には、保険をかけるなどの措置も不可欠になるだろうから、そのコストはもう負担しきれないに違いない。九州大学副学長・吉岡斉氏によれば、政府の保護がない限り電力会社は、そのコスト高から、原発は選択しないだろうということである。
 残念ながら、後始末ができないという問題で、原子力は未熟な技術である。解決できるかどうかも未知数である。ならば、原発が止まっている(大飯原発は動いているが)いまこそ、真剣にこの問題に取り組むべきなのではないだろうか。
 原発推進派は、原発廃止派に対してすぐに「ヒステリー」だと決めつける。WiLLの表紙にも「マス・ヒステリー」だと書いてあった。慥かに、原子力技術に疎い一般国民の行動は、時にそのように見えるのかもしれない。しかし、それは彼らの責ではない。こういった問題を国民にきちんと説明したか。少なくとも原発の功罪を詳細に述べたか。ただ安全だ安全だと吹聴してきたのではないか。
 いままで騙しに騙してきたのだから、少々の焦点のズレは寛容すべきだ。「このヒステリーのバカ共が」と高見に立って非難するほど専門家は賢かったのか? 問題を知りながら放置してきたのではないか。だとすれば、そのような傲慢な態度こそ国を危うくするではないか。猛省(もうせい)すべきは、果たしてどちらなのか。

覚悟して答えよ!

 今火力発電によって、燃料費が掛かり、そのコストは7兆円に登るという。その数字が正しいかどうかはさておいて、コストが懸かるというのは理解できる。

いいだろう。

 では、先に述べた、原発の後処理に懸かる費用は、一体どれだけこれから掛かるのか。きちんと計算して述べよ。火力発電に掛かる、いままさに目に見えるだけのコストを提示しておいて、これからいくら掛かるかも分からない原発後処理の隠れたコストを無視しているのは公正ではない。火力発電に掛かるコストを遙かに超えるかもしれないではないか。
 それに火力発電に掛かるコストは、まさに目に見えている点で逆に問題解決の予想が立てやすい。まるで先が見えない原発の後処理とは異なる。政府が本気で燃料の問題に取り組めば、メタンハイドレイト(日本海側の浅海底)などの燃料は既存の技術で対応できるのではないか。オーランチオキトリウムなど新燃料開発も、いままで原発に振り分けていた予算を集中的に与えれば、相当見込みがあるのではないか。太陽発電などの再生可能エネルギーは、即座に移行することはまだまだ問題があるが、見通しも立とうというものである。
 やるべき事はいろいろとある。やる気があるかどうかだけだ。そして多くの国民は、原発がある不安な環境を望んではいない。
 「後生に負債を負わせることはできない」と増税はするくせに、高レベル放射性廃棄物に関しては、「後生になんとか解決して欲しい」とでも言わんばかりである。

原発推進派よ、お願いだから、この問題に対して明確な回答を示して欲しい。

さもなくば、黙れ!

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答
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2012年10月08日

恐ろしい話

 10/8/2012付産経新聞のp3「水平垂直」の記事を挙げる。
「大阪市のホームページに7月、無差別殺人を予告する書き込みをしたとして偽計業務妨害罪でアニメ演出家の北村真咲被告(42)が起訴された事件で…(中略)…北村さんは事件と無関係の可能性があり、大阪地検は勾留取り消し請求、9月21に釈放した。」
 どうやら、PCを乗っ取られ、知らぬ間になりすまされ操作されたという顚末らしい。
「恐ろしい話」というのは、こういったウィルスによって罪をなすり付けられたことではなく(これはこれで十分に恐ろしいのだが)、記事の「ある検察関係者は『大人数を動員して大騒ぎになったので、立件するしかないという空気になっていた』と振り返った」という一文にある。

 はぁ「空気」!?だと。

 検察は、人を「空気」のいかんで起訴、不起訴を決めるのか!
 これじゃ、「私たちは全くの無能です」と堂々と宣言しているのに等しいじゃないか。
 なるほど最近の一連の検察不祥事は、これが原因だったのか。
 故・小室直樹はこれを「空気(ニューマ)」と呼んだ。井沢元彦は「言霊」だという。呼び名は違うがほぼ同じものだろう。
 確固とした証拠によって起訴しなければならない検察が「空気」で起訴するというのは何という体たらくか。
 日本という国が、こういった「空気」によって支配されているのはよく知られている。その一例としてKY(空気読めない、読まない)という言い回しがその最たるものがある。
これから脱却することはできないだろうから、この影響を受けては困る事柄に関しては、構造的に変える必要があるだろう。検察、警察、国の「なんとか」委員会しかり。
 検察に関しては、この暴走を防ぐにはアメリカで行われている大陪審という、陪審員を集めて、検察側が主張する起訴が適当かどうかを判断をする機構が、もうそろそろ必要かもしれない。裁判員制度を導入し、裁判ではかなり民意が反映されるようになってきているのだから、こんどは入り口の部分を監視しなければならないだろう。最終的には、DA(地方検事)も選挙で選ぶのがよいかもしれない。中央の言いなりで、地方に根ざさないヒラメみたいな検察官なんかいらない。
 国の「なんとか」委員会は、役人に人選させるのではなく、委員会を基本的に公聴会にすべきだろう。何も隠すことなどないのだから、国民に知らせるのは「義務」だ。茶坊主委員を集め、出来レースの委員会など百害あって一利なしだ。賛否両論あってしかるべきで、侃々諤々と論争すればよい。そこから、少なくとも双方否定できないコンセンサスが現れてくるはずだ。
 例えば、原発。賛否両論あるだろう。しかし、「高レベル核廃棄物」の処理問題については、解決しない限り、再稼働など考えられないという点では、一致するはずだ。そうすれば自ずから結論が出るだろう。

 しかし、「空気の支配」、「過剰な忖度」というのは日本人の宿痾である。
恐ろしい話だ。
科学的事実であっても、その場の「空気」にそぐわなければ、発言さえできない、のだから。
よくぞこれで科学技術立国となり得たものだ。
新・世界の七不思議の一つかもしれない。
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2012年09月29日

朝までテレビ「激論!原発ゼロ社会の検証」を観て

 今回の「朝までテレビ」によって、原発についてゼロにせざるを得ないと、図らずも結論が出たのではないか、と思う。つまり、推進派が誰も論駁できなかったように、処理できない核廃棄物によって既に原発は、稼働したくてもできない状況になっている。つまり中間貯蔵はもう満杯に近く、最終処分を考えなければならない段階に至っているからだ。しかも最終処分に際しては、オンカロのような深度地層処分は取れないと学術会議が進言している。常識的に考えてもこれだけ自然災害が多く、至るところ活断層が存在する日本に埋設する場所などあろう筈もない。プルトニウムを取り出す再処理も、サイクルが破綻している以上意味がない。それどころかNPT(核拡散防止条約)の懸念材料になってしまう。結局、乾式キャスク貯蔵をするしかないのだろうが、今度は、それをどこに設置するかが問題になる。発電所内か、電力会社所有地か、はたまた飯田哲也氏の言うように「電力消費地」も対象になるだろう。電気は欲しいが応分負担はしないでは「こどもの論理」、まさか駄々っ子のようなことは言わないだろうから、原発再稼働を望んでいる人にも異存はなかろう。では東京なら一体どこに作るのか。ハチ公みたいに東京の名所になるのだろうか。

 原発は稼働すべきという池田信夫氏は、「ランニングコストは一番安い」から使うべきだという。しかし、事故が起こった時などの費用はどうするのかと問われると、それは「内部化」して計算すれば良いという。しかし、保険費用などのコストも懸かるから、ランニングコストから考えても、安くはならないのではないのかという問いには答えていない、つまり自分では計算していない。苟も経済学者を名乗りたいなら、「内部化せよ」と他人事のように言うのではなく、実際に御自身があらゆる費用を計算してから言うべきではないか。でないと「数字で話ささず、情緒で話しても意味がない」という発言と矛盾する。とはいえ実際には一経済学者(?)の計算など当てにはならないから、コスト計算は最適任者である保険会社に委せる方がよい。彼らにとって重要なのは、数値だけでそれ以外の思惑は入り込む余地はない、だから冷徹に計算ができる。間違った計算をすれば、それこそ会社の存亡に拘わるからだ。この結果を踏まえれば、ランニングコストが安いとは言えなくなるであろう。

 今回の討論では、エネルギー問題をどうするかについてはできなかった。しかしたとえ原発再稼働を望む人だって積極的に原発を利用しろ、というのではないと思う。とすれば、彼らは以下の点を憂慮しているのではないか。

1.原発に変わる代替発電方法がない(自然エネルギー利用では安定供給は無理)
2.エネルギー政策上、不安定な中東の原油に頼ることはできない
3.ランニングコストが取り敢えず安い
4.国防上、原子力技術を保持すべきだ

これらの点については、もう述べてきたので繰り返さないが、1については、サイクルが完結しない以上、原発はありえない、と筆者も前から述べてきたが、ここにきて、はっきりと示された訳である。

核廃棄物が処理できない以上、少しでも理性があれば、原発という選択肢がないことは、はっきりと理解できると思う。

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2012年09月23日

大東亜圏再創造

青島のジャスコで暴動に乗じて略奪が行われ、青島イオン折口史明社長は、「もう、めちゃめちゃに破壊された。店内設備機器は全く使い物にならない。商品の略奪、8割方、略奪された。もうこれはデモ、ストライキじゃなくて、テロリズムです」と嘆く。社長は更に続ける「中国共産党のためでも日本政府のためでもなく、現地の人に喜ばれる企業になれればと地道に事業に取り組んできた。ただ反日と叫んでたたき壊す行為が愛国なのか。間違っている」。長年、地元学生への奨学金支給や緑化事業などの社会貢献してきたにも拘わらず、この仕打ちでは、忘恩の徒といわれてもやむを得まい。
 China,Koreaという国は、まだまだ国際社会で通用するような国々ではない。経済は一見上手く立ち回っているようだが、社会内情は、未開部族そのものだ。
これらの国々に期待を寄せたのは拙速だと言わざるを得ない。
「世界の工場」
「消費大国になる」
果たしてそうか?
社会的ルールを無視して行動する民は、それが例え、共産党が仕向けたにせよ、あまりにも民度が低すぎる。これたけカントリーリスクが高いと、通常の経済活動ができる訳もない。
 日本は、China,Koreaの経済的包囲網を東南アジアの諸国(ASEAN(China,Korea抜き))築き、むしろ対抗的立場を取らないと、日本ばかりでなく、東南アジア諸国に禍根を残すことになるのではないか。事大主義、小中華であるKoreaは取るに足らぬとしても、軍事的に強大化を図るChinaは、帝国的膨張主義(中華主義)を取っているから、経済的に豊かにしてはまずいことになる。それは軍事強化に直結するからだ。
何も今回のテロによって「羹に懲りて膾を吹く」という愚を犯すということでは全くない。むしろ気付くのが遅すぎたということなのだ。
 日本人は、漢籍家という言葉があるように、中国の思想に関しては、かなり好意的に、いや、憧れに似た感情を持つものが多く、Chinaに肩を持つ者も多いが、その古典的智慧が大衆に広まっているわけではない。一部エリート層だけが保有してきたものであり、しかも実現されることはなかったものである。
 どこぞの学者が「Pax Sinis(中国の平和)」などと寝ぼけたことを唱えているが、そんなものはない。世界を中華主義で統治されてなるものか。中国の周辺地域を見よ。どれだけ圧政に苦しんでいることか。
 Chinaは、力がない時はおとなしくしている。まるでネコのように。しかし、一度力を得ると嵩に懸かって襲いかかってくる。未だ、戦国時代を地で行く国だ。端的に言えば、古代社会に生きている国なのだ。
 日本企業は、幻想に捕らわれず、そろそろ東南アジアなど経済活動をシフトした方がよい。そして、信頼を築ける国民たちに技術の伝承など、その国の発展を助けた方が良い。
 日本がかつて行ってきたことには、功罪双方あるだろう。それを理性的に捉えられる国であれば、問題があったとしても解決は可能だと思う。実際、そのように考える台湾や東南アジアの国は多い。それこそ大東亜圏の目的ではなかっただろうか(言葉に抵抗がある人がいるとは思うが…)。とりあえず世界第三位の経済大国である日本が、リーダを務めればよい。それは主従関係ではない、断じてない。思い上がる必要はさらさらなし、そんなことはできもしないが、事実として日本以外にリーダを務められる国がない以上、その役を引き受けるべきだ。リーダを務めることはとても重大な責任を伴うし、むしろやらないで済むのであれば、したくないものだ。しかし、日本はその責務を負わなければならない。それが、過去ある意味迷惑をかけてしまった国々に対する謝罪の一つとなるはずである。
 東南アジアの国々を豊かにする。そして日本も豊かになる。拡大主義のChinaに対抗する。これがベストアンサーになるのではないだろうか。
 政府には真剣に考えて頂きたい。
 くれぐれもChinaの甘言に惑わされないようにして欲しい。

 そして経済界も、目先の利益に踊らされず、日本国、そして台湾、東南アジアの諸国の為に努力して頂きたい。会社は公器でもあるのだから。
posted by Serendipity at 19:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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