2013年06月21日

何のための裁判員制度か

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

LOTO6をはじめる前に読む本
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 妻子に対する殺人罪で懲役20年を服役し、出所後半年で、強盗殺人を犯し、1審で死刑判決を受けた被告を、高裁は、「無期懲役」に減刑してしまった。
 これでは社会正義はなされないだろう。前科を考慮しなくても「強盗殺人」なら死刑であってもおかしくはない。それを村瀬均裁判長は「1審判決は前科を過度に重視しすぎた」と減刑したのだ。
 妻子二人とも殺しておきながら、懲役20年という異常な刑の軽さにも驚くが、それでも懲役を受けたということは、更生する可能性が被告にあったということだろう。ところが、20年も懲役を受けながら、被告は微塵も更生することなく、強盗殺人に至っている。これは「更生可能」とした司法の判断の誤りであり、更生施設での教育も成果を見なかったということで行政の過ちでもある。
 以上の経緯から、裁判員制度による1審の死刑判決は、あまりにも当然な判断だと考えられる。20年服役し62歳になっても更生しなかったのならもう更生は期待できない。実際、前回の謝った判断により無辜の民が殺されてしまったのだ。
 村瀬均裁判長の判断は二重に誤っている。まず、前回の罪に対する判断の過誤(これはもちろん別の判事の判決だろうが、それを考慮していない)、そして、その認識を度外視してしまった判断である。事件をみれば、ことさら1審の判決をひっくり返す根拠はない。事実その根拠が「1審判決は前科を過度に重視しすぎた」という一点で表されているからだ。この裁判長は、現実ではなく、虚構の世界を生きているのだろうか。
 とてもじゃないが、「前科を過度に重視」したなどとはいえない。むしろ裁判員に与えられた「常識人として裁判に参加する」という主旨からすれば当然の1審判決だと言える。過度どころか当然重視したに決まってる。
 検察官は直ちに、上告すべきだ。そうでなければ、裁判員制度の根幹を揺るがすことになる。

保存資料
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http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130620/trl13062013520001-n1.htm
 妻子に対する殺人罪などで20年間服役し、刑務所から出所半年後に、見ず知らずの男性を殺害したとして、強盗殺人などの罪に問われた無職、伊能和夫被告(62)の控訴審判決公判が20日、東京高裁で開かれた。村瀬均裁判長は「1審判決は前科を過度に重視しすぎた」として、死刑とした1審東京地裁の裁判員裁判判決を破棄、無期懲役を言い渡した。

 裁判員裁判の死刑判決が破棄されるのは初めて。

 弁護側は「被告が犯人との証明はされていない」と無罪を主張。伊能被告は捜査段階から黙秘し、控訴審でも被告人質問に答えなかったが、判決は犯行を認定した。

 平成23年3月の1審判決は、殺害現場から伊能被告の掌紋が見つかったことや、被告の靴に男性の血液が付着していたことなどから、男性方へ侵入したと認定。「刑を決める上で前科を特に重視すべきだ」として、求刑通り死刑を言い渡していた。

 1審判決によると、伊能被告は昭和63年、妻を刺殺した後、自宅に放火し、子供を焼死させたなどとして懲役20年の判決を受け、服役した。出所から半年がたった平成21年11月、東京・南青山の飲食店店長、五十嵐信次さん=当時(74)=方に強盗目的で侵入。五十嵐さんの首を包丁で刺して殺害した。
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2013年06月14日

共通性こそ人と人とを結ぶ鍵

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

LOTO6をはじめる前に読む本
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 「個性」を大事にしなさい、伸ばしなさい。多くの学校で金科玉条のように教える。
 個性ねぇ、大事だろうけどそんなに強調しなくたって、と思う。というのは、個性なんてものは、抛っておいても自然に出てくるし隠しようもないものだからだ。逆に親や先生が個性を押さえつけようとしても無理。それほど強い。
 だから、個性よりも共通性を植え付けた方が良い。
 「俺はお前と違うんだ!」なんて言葉が言えるのは、共通性がしっかりあってこそ言えるのだ。全く違う者同士なら最初からこんなことは言わない。

 共通性こそ人と人とを結ぶ鍵。
 だから文化が、慣習が大事なのだ。


 「他の人と仲良くしなさい」、幼少の頃から散々に聞かされていただろう。おそらく誰も反対できない正論だ。だが条件がある。少なくとも「最低限の価値観が同じ」である場合だけだ。
 例えば、地球のどこかの僻地で、ある部族と接触を試みたとする。ところが突然襲われそうになった。こうなれば「話せば分かる」などと悠長なことは言ってられない。ただひたすら逃げるか、立ち向かうしかない。仲良くするも何も、彼らはあなたを食料としたいのか、テリトリーを犯した者として殺害しようとしているからだ。
 極端な例ではある。しかし、似たような遺伝子を持ち「人」のように見えても、育った環境で人は全く異なった「人」になる。
 実際、一切の文明を拒否し孤立することを望んでいる部族は実際にある。慥かに彼らは「人」かもしれないが、現代人の価値観を共有する「人間」ではない。また彼らが望まない以上、過干渉は避けるべきでもある。

 さてここに、

・いとこが田畑を買えば腹が痛い。
・女は三日殴らないと狐になる。
・他人の牛が逃げ回るのは見ものだ。
・他人の家の火事見物をしない君子はいない。
・弟の死は肥やし。
・倭将は病気にかかるほどよい。
・盗みも一人でやれ。
・梨の腐ったのは娘にやり、栗の腐ったのは嫁にやる。
・母親を売って友達を買う。
・梨を食べて歯を磨く。(一挙両得)
・女房を殴った日に女房の母親がくる。
・隠れてみたら捕盗庁の建物だ。
・三日も飢えて塀を越えない者はない。
・音の出ない銃があれば撃ってやる。
・俺の物は俺の物、お前の物も俺の物。
・人が自分にそむくなら、むしろ自分が先にそむいてやる。
・死ぬ女が陰部を隠すものか。
・死んだ息子のちんこに触ってみる。
・銭は汚く儲けても、きれいに使えばよい。
・川に落ちた犬は、棒で叩け。
・営門で頬を打たれ、家に帰って女房を殴る。
・姑への腹立ち紛れに犬の腹をける。
・あんな奴は生まずにカボチャでも生んでおけば、煮て食べられたものを。
・ただの物は苦くても甘い。
・ひとつ釜の飯を食べて訴訟を起こす。
・らい病患者の鼻の穴に差し込まれたにんにくの種もほじくって食べる。
・一緒に井戸を掘り、一人で飲む。
・泣く子は餅を一つ余計もらえる。
・便所の蛙に陰門をかまれた。
・屁が癖になるや、麦の食糧も底をつく。
・大便かカボチャ汁か。
・白い粥に鼻水。
・屁が度重なれば大便がしやすい。
・手も当てずに鼻をかむ。
・臭くない便所があるものか。
・自分の陰部をさらけ出して人に見せる。
・野生のまくわ瓜は、最初に独り占めした物が持ち主だ。
・家と女房は手入れ次第。
・自分の食えない飯なら灰でも入れてやる。
・嘘も百回言えば、真実になる。

と考える部族(国)がいるとする。果たして付き合う自信がおありだろうか。精神の深奥の部分でこのような考え方を持っている「人」と付き合えるだろうか。
 形が似ているだけが共通部分で、それ以外ことごとく異なる場合、どうやって付き合えばよいか、分かるものなら教えて頂きたい。但し、綺麗事は結構。

 挙げた項目を見れば分かるように、こういった思想を持つ部族(国)は、先進国から見ればかなり特異な精神構造だといえる。生物の基本戦略の弱肉強食を地のままに生きているのだろう。
 大東亜戦争後70年近く経ってもその精神性が変わらないなら、この先一体どれだけの時間を掛ければ近代化できるのか。それともできないのか。この部族(国)自身が自らを変える意思がなければ、外的な要因では変わらないだろう。先進国はそれに気付くまで待てばよい。経済どうのこうのとスケベ心を持って接触すべきではない。それでは進化しつつある国際社会に混乱を齎(もたら)すだけだ。

 日本人は、「人」の形をしていれば、何故か「話せば分かる」と思ってしまう。しかし、人の形をしていても、その精神性が全く異なるということを理解していない。これは何度も述べた。例えば、惻隠を示せば、少なくとも関係が悪くなることはないだろうと思いがちだ。多くの日本人はにわかには信じないだろうが、情を掛けたことが「必ず」関係悪化になる民族(国)もあるのだ(「弱い者に情を掛けるのは、何か後ろ暗いところがあるのだ。だからどんどん要求すればよい」、「相手が情を掛けるというのは、我々にそれだけの価値があるということだ。だからさらに要求すればよい」)。
 見た目に騙されるが、部族(国)間の違いは、ネコとイヌ程に違う場合だってある。同じコンピュータでも搭載されているソフトウェアによって全く違う動作をすることに似ているかも知れない。

 個人だって友人は選べる。あまりに価値観が違えば、付き合うのは難しい。適当な距離を保つのが良い。国とておなじことだ。隣にあるから、全く付き合わないことは無理だが、火事と葬式で済ませば良いのだ。間違っても友好国ではない。
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2013年06月04日

遺伝子組み換え作物の危険性

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

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 古来、人は狩猟や木の実、果実などを採取して暮らしていた。しかし常に不安定な食糧供給によって人口は増えることはなかった。そこに革命が起きた。農業だ。人は定住するようになり、より安定した生活を送るようになった。だが人はそれに飽きたらず、更に収穫量を上げ、滋味に富ませるよう、植物を選定し交配させた。植物はそれに応えるように新たな形質を持った。植物もそれを望んだからだ。人にとっては、安定した食料の確保、植物にとっては、人の手に保護され繁栄することができたからだ。最悪人の好みが変わり、捨て置かれるようなことになっても、元に戻るだけである。

 だが今…

 人と作物の蜜月関係は終わりを告げようとしている。遺伝子操作作物の登場だ。本来なら想像すらできない全く持ち得なかった形質を一方的に発現させられ生物としてのアイデンティティは完全に失わされてしまった。特定の農薬に対応できる形質など一体どの植物が望んでいたのだろうか。糖度など限界以上に引き上げら、今まで作ったことのない特定の物質を作らされて、これで、たとえば、「とうもろこし」はとうもろこしたりえるのだろうか。
 情緒的に言えば、人は植物との約束を破ったと言える。作物が自己同一性を保つために、新たに自身を改変する可能性すらある。そう、とうもろこしがとうもろこしであるために。
 情緒的に言わなくても、人にとって不都合な物質が作られる可能性はある。なぜなら人は遺伝子に関して全てを知っているわけではないからだ。今までの科学の歴史を見てみれば分かるだろう。

 遺伝子組み換えの問題は、

1.遺伝子組み換え種子(GM種子)は専用の農薬とセットで使用しなくてはならない
2.専用の農薬によって土壌が汚染され、在来種が育たなくなる可能性がある。延いては遺伝子組み換え種子、専用農薬を使い続けなくてはならなくなる
3.一代しか収穫できず、種子と農薬に完全に支配される。つまり供給元の会社に依存しなければならなくなる
4.GM作物によって、他の作物が汚染される可能性があり、在来種絶滅の危険性がある
5.GM作物が生育しなかった場合、土壌が汚染され従来型農業に戻ることは困難になる
5.GM植物自体が、予想しなかった物質を作る可能性がある
6.種子の独占により、大袈裟ではなく食の世界支配が可能になる


など考えられる。

 よほど気をつけなければ、TPPによってこの恐れが現実になる可能性が高い。
 果たして、このような道をあなたは進みたいだろうか?
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2013年05月25日

捏造もここまですると滑稽だ

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

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 まず、以下の記事を見て頂きたい。

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【政治】 安倍首相「わが国はかつて、アジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた。痛切な反省が原点」 村山談話継承アピール 2013/05/24(金) 21:59:27.49 ID:???0

 安倍晋三首相は23日夜、東京都内でアジア外交をテーマに演説し、「わが国はかつて多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた。そのことに対する痛切な反省が戦後日本の原点だった」と語った。首相の歴史認識に対する中韓両国の反発を踏まえ、1995年の村山富市首相談話を継承する姿勢を改めてアピールしたとみられる。
 また、東・南シナ海で挑発行為を繰り返す中国を念頭に、「大切な海を法とルールの支配する場所として保つべきだ」と重ねて強調。「日本が経済的に縮むことはみんなに迷惑を掛ける。その(海洋秩序構築の)ための努力を日本が十分できない事態になりかねない」と述べ、円安をもたらしている経済政策「アベノミクス」に理解を求めた。 
 首相は24日からのミャンマー訪問に関連し、「自由を願うアジアはミャンマーを、アジアという名の理想主義クラブに招じ入れた」と語り、ミャンマーにアジア各国との連携強化を促す考えを示した。
▽時事ドットコム
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2013052300942
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と「時事ドットコム」はニュースとして伝えた。
 では、実際にはどんなスピーチだったのだろうか。以下は、「事実」である。
少々長いが非常に重要なことなので我慢して呼んで頂きたい。

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第19回国際交流会議「アジアの未来」安倍内閣総理大臣スピーチ 平成25年5月23日
 アジアの未来を考えよう、毎年集まって、未来を考えようというテーマと、そしてその設定には、振り返って、先見の明があったと思います。
 未来を望み、理想を追い求めて、教育に、勤労に励んできたのが、私たち、アジアの子だったからです。
 フィリピン近代化の偉大なヒーロー、ホセ・リサールの言葉を、2つ引かせてください。
 「偉大な理想に捧げない人生とは、意味のないものだ。野に転がったまま、いかなる建物の一部にもならない、石くれのようなものである」というのが、そのひとつです。
 もうひとつ、私が好きなのは、「人の苗床となり、太陽となるのは、教育であり、自由である。それなしには、いかなる改革も成し遂げられず、何をやっても、望ましい結果はもたらせない」というものです。
 日本には、ホセ・リサールを慕う人たちがいました。その人たちは1961年、日比谷公園に記念碑を建てました。その一角に、1888年、リサール が日本に来たとき、投宿したホテルがあったからです。その後、1998年には、記念碑の上に立派な胸像が付け加えられています。
 教育を重んじ、自由を願うアジア、転がったままの石を、少しでもなくそうとするアジアは、いまやミャンマーを、アジアという名の、ひとつの「理想主義クラブ」に招じ入れました。
 明日から私は、妻の昭恵ともども、ミャンマーへ行きます。妻は、ミャンマーで学校を作ることをライフワークにしていますから、また訪れることができるのを楽しみにしているようです。
 さて、20世紀のちょうど真ん中、1950年の時点で、世界の様子を示した地図があります。
 2つだけ、マルがついていて、そのマルというのは、ニューヨークと、東京です。ニューヨークと、東京だけ、と言った方がいいでしょう。
 それは、1000万人以上の人口を抱える都市が、世界のどこにあったかを示した地図です。1950年には、巨大都市というものは、ニューヨークと東京の、2つしかありませんでした。
 その同じ世界地図を、2010年について作ったものを見てみると、マルの数は実に11倍、22カ所に増えています。22都市のうち、アジアの街は、どれぐらいだと思われますか?
 南西アジアまで含めると、12カ所にのぼります。
 世界の巨大都市22のうち、半分以上が、私たちの地域にあります。
 このことは、3つのことを、私たちに教えてくれます。
 第一に、アジアの成長とは、都市の勃興が原因となり、結果となるものだった、ということです。
 第二に、都市生活者が求めるいろいろな需要が、アジアでは、急速に似通ってくるという事実です。よく整備された公共交通機関や、コンビニエンスストアなど商業集積に対する需要は、アジアの各国において、ひとしく見られる現象になります。
 また東京やソウルで流行ったものは、アジア各都市でほとんど同時に人気を得るという、文化的同一性・同時性が、ここから生まれます。
 みなさんには今さら申すまでもありませんが、アジアでなら、2時間も飛ぶと、まったく違う国、文化へ旅することができます。
 それでいて、そこには、都市生活者が作り出す若い文化、躍動するライフスタイルという、共通性、同時性が、生まれているのです。多様性の中の、統一です。
 けれども三番目に指摘したいのは、私たちが抱える課題もまた、急速に、同一化しつつあるということです。
 人間の数が多くて、産業活動が集まる都市には、水や、空気の問題が生まれます。インフラの不備という、問題が出てきます。貧富の差は、ともすれば、強烈な対照を見せますし、感染症の温床ともなる、といったふうに、いろいろ悩みが、都市化とともに発生するわけです。
 アジアとは、だとすると、こんなふうに定義づけられるかもしれません。都市の悦楽や躍動が、互いを結びつける場所である。都市にまつわるあらゆる問題によっても、互いが結び合う場所である。
 これは私たち政治家に、ある使命を教えてくれます。経験を伝えるに、寛容であれ、経験を学ぶのに、謙虚であれという教訓です。その教訓に、忠実でなければならないという使命です。
 感染症の対策などは、格好の事例です。自国の国民が、病気にかからないように努めるその努力が、感染症を、よその国に移さないための努力にもなります。
 都市化が成長させたアジアとは、そこに共通の問題があるゆえに、指導者たちを謙虚にします。
 ですからアジアの未来とは、学び合う未来だとも、定義したいと思います。経験を伝えるに寛容で、学ぶに謙虚なアジアです。それを伸ばしていくことが、私たち、一国をあずかる者の使命です。
 今年私はジャカルタを訪問し、5つの原則を発表しました。ホセ・リサールの言葉ではありませんが、教育と、自由が、その根本にあります。
 わが国は、かつて、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対し、多大の損害と、苦痛を与えました。そのことに対する痛切な反省が、戦後日本の原点でした。
 そして過去60有余年、私の国は、自由と民主主義、基本的人権、法の支配を、堅固に守る国柄を、うまずたゆまず、育ててきたのであります。
 したがいまして5原則の第一とは、思想、表現、言論の自由――人類が獲得した普遍的価値は、私たちの地域、アジアにおいて、十全に幸(さき)わわねばならない、というものです。
 第二の原則とは、私たちにとって最も大切なコモンズである海は、力によってでなく、法と、ルールの支配するところでなくてはならないというものでした。
 第三に、日本は、自由でオープンな、互いに結び合った経済を求めるということですが、わが国は、マルチの経済連携枠組への加入を試みることで、これにもっと拍車をかけようとしています。
 第四が、文化のつながりを増やすこと、そして第五が、JENESYS 2.0といって、3万人の若者を、アジア諸国から日本へお招きするプログラムのことです。以上の、五つでした。
 この、四番目、文化のつながりを増やすという決意について、ひとつ「プレビュー」をご提供します。
 わたくしはいま、アジアの新文化創造へ向け日本は何をなすべきか、有識者に集まってもらい、お考えいただいています。「融合と調和」という、キー・コンセプトを打ち立ててもらっています。
 その結果を、今年の12月、ASEAN各国から、指導者の方々にご参集いただいて開催する「日本・ASEAN特別首脳会議」の際に、発表する予定です。
 日本と、アジアで、学び合う未来を作るため、新しい文化交流の政策を打ち出すことになるでしょう。どうかご期待ください。
 わたくしはこのスピーチを、アジアとは、未来を見つめ、教育を重んじ、自由を希求して、理想を目掛けて歩み続けてきた人々の集まりだと規定し、お話しし始めました。
 そのとき、ひそかに思っていました。日本こそは、その、最初のファウンダーだったはずじゃないのか、ということです。
 私がこのたび、総理に改めて就任して以来、経済の再建に全力を注いでいるわけを、お察しください。
 不況は人々を、うつむかせます。なかでもデフレは、人々の、希望と、期待を、直接むしばむ病気です。これが慢性化すると、国中から、楽観主義者がいなくなります。
 未来を、明るく望み見る人が、日本からいなくなってしまいます。若者は、結婚しなくなるし、未来を担うべき、赤ん坊の数も増えません。
 私は思いました。
 アジアの国々で、若者たちは未来の可能性を信じて前進している、まさにその時、日本の同世代だけが、いつまでも、うつむいていていいのだろうか、ということです。
 同時に、思いました。
 将来を悲観し、内へ、内へと閉じこもる日本人を育ててしまうなら、それは世界に対する責任の放棄になります。一国のリーダーに、決して許されないことだと思いました。
 そもそも日本は、縮み込むには大きすぎる国です。
 欧州で比べると、ドイツと、英国を合わせたより、少し大きいくらいのサイズが日本です。
 だとすると、日本が経済的に縮んでいくことは、みんなに迷惑をかけてしまいます。先ほど私は、アジアにとって大切なコモンズである海を、法と、 ルールの支配する場所として保つべきだと言いました。しかしそのための努力を、かく言う私たち日本が、十分にはできない事態にもなりかねません。
 こんなことではいけない。そう思ったことが、私に、危機感を与えました。
 もう一度、日本は、若くて活力に満ちたアジアの、元気なメンバーにならなければいけない。かつての自分を、取り戻さなくてはならないと、思ったのがひとつ。
 そして、世のため、人のため、善をなし、徳を積むためにも、頼りにされる日本を、取り戻さなくてはならないと思ったのが、もうひとつの動機でした。
 それが、いま、世間で言う、「アベノミクス」を、私が一気呵成にやりたいと思った、大きな理由だったのです。
 これまで私自身、何度か紹介した歌なのですが、もういちど、紹介させてください。
 「桜よ」という歌です。
 日本を震災が襲った2カ月あとの、2011年5月、ジャカルタに、500人ちかいインドネシアの学生が集まって、この歌を熱唱してくれました。
 日本語で、ミュージカルを演じる学生たちが、新作演目のため作って、用意していた歌でした。その、もともと日本語の歌詞に、震災を受け、くじけそうになっている日本の人たちを励まそうと、次の言葉が新たに加わりました。
 「何かを失う寂しさ あきらめる悲しさ でも春は来る 来年も その先も ずっと先も」
 そして歌は言うのです、「桜よ 咲き誇れ 日本の 真ん中で 咲き誇れ。日本よ 咲き誇れ 世界の真ん中で 咲き誇れ」
 私は初め、驚き、そして、深く、感動しました。驚いたのは、500人の合唱の、その、力に対してです。日本語で、インドネシアの若者が、日本に向け、懸命に歌ってくれているという、その事実自体に対してでした。
 そしてもちろん、感動しました。「世界の 真ん中で 咲き誇れ」と、日本のことを励ましてくれる若者が、アジアにいるのだということに、です。
 戦後の、私たち、日本人の歩みは、このような善意を育てていたのだと、改めて知り、深く、頭を垂れ、襟を正したい気持ちになりました。
 ご参集のみなさま、私の役目とは、日本を、この歌にふさわしい、未来を向いて、もう一度力強く歩いていける国にしていくということです。
 絢爛そのものの多様性の中、都市居住者が育てる共通の志向、共通の文化によって、ダイナミックな融合を遂げつつあるアジアにおいて、活力あるメンバーとなるよう、日本を、生まれ変わらせることです。
 学び合い、自由を重んじ合う、アジアという名の理想主義クラブにおいて、驕らず、威張らず、しかし卑屈にも、偏狭にもならないで、経験を与えるにして寛容、学ぶにして謙虚な一員となるよう、日本人と、日本を、もう一度元気にすることなのです。
 最後はちょっと、決意表明みたいになってしまいました。食前酒の代わりにはならなかったかもしれませんが、これで、おしまいであります。
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どうだろうか、どこをどう解釈しても、時事ドットコムの記事にはならない。これを捏造と言わずして何を捏造と言うのだろうか。あきれ果ててものが言えない。しかも、「どうせ愚鈍な読者は、ソースなんか見ないだろう」という侮蔑がある。性根の腐ったヒトモドキだ。
 一体マスコミとはなんなのだろう。虚偽の捏造がマスコミの仕事なら、単なるゴミに過ぎない。昨今、ネトウヨの言動が問題視されているが、慥かに彼らの言動は過激であるが、誤解はあっても、捏造はない。
 そして、ネトウヨの言う「マスゴミ」という言葉は、上に挙げた事実から、誠に的を射ていることが分かる。
 国民は、マスゴミを信用してはならない。新聞もテレビももう信用に足る「器」ではないのだ。
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2013年05月13日

自衛隊のない日本を考えられるか?

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

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 シャーレの中に培養地を入れ部屋のどこかに置いておけば、数日後、黒や緑やピンクなど見事な「花」咲く。いわゆるコロニーだ。異種の菌は見事に棲み分けている。ところが一見穏やかに棲み分けて居るように見えるが、実は菌同士の堺では、熾烈な「戦争」が起きている。「武器」の一つが抗生物質であることはご存じのことだろう。コロニーは、菌の状態によって大きくも小さくもなる。そしてある菌が特別に強力ならば、シャーレはその菌で一杯になってしまう。
 菌に限らず生物は、テリトリを主張し、その境界を守ろうとする。もちろんそうしなければ生きられない。決めたテリトリで餌を採り、子を育てるしかないのだ。だから境界を守ろうとする意思は非常に強く、生死を厭わない(本末転倒のような気もするが、テリトリを奪われれば畢竟生きていけない、だから必死なのだ)場合もある。むろん常に生死を賭けた戦いでは、種の存在も危うくなるので、多くは「テリトリを犯すな」と臭いなどの信号で牽制してはいるが。

 では、人類はどうなのだろう。
 人類とて生物の一種だから、この性質は完全に受け継いでいる。そして、思想信条を抜きにして虚心坦懐に世界を見てみれば、まるでシャーレを地球とし、国を菌に見立てれば、同様の様相が見て取れるのではないだろうか。
 もちろんそんなことは考えたくもないし、人類はそれほど愚かではない、と怒りを露わにする人もいるだろう。だが人類の歴史で「力」に頼らず成立した国があるだろうか。残念ながらその例を筆者は知らない(ややこしくなるので国内での血革命などは置いておく)。
 事実、近代までは、国同士の争いは、外交で解決できなければ、戦争するのが普通であった。しかし戦争に勝っても国の損害は大きく、疲弊してしまう。これでは世界は不安定になるばかりだ、なので現在では、国連で基本的には話し合いで解決するように努力はしている。しかし各国の思惑が一致することは少なく、話し合いや非軍事的な制裁によって解決できない問題も多い。しかも膨張主義や宗教的な対立など、調和を乱す国があり、結局、各国は自国の安全を担保するために軍隊を保たざるを得なくなる。
 多くの国は戦争など望んでいない。何度も言うが、「だからこそ軍を持つ」のである。永世中立国を宣言したルクセンブルグとスイスを見れば分かる。軍を持たなかったルクセンブルグはどうなったか。各国に蹂躙されたではないか。国民皆兵制を取っているスイスは領土を侵略されることなく平和を保っていることを、ゆめゆめ忘れてはならない(ルクセンブルグは今は軍隊を持っている)。ハリネズミは襲われない限り自ら攻撃することはない。
 自衛隊もそうなのだ。「軍があるから戦争が起きる」などと胡乱で空虚な理論を振り回す前に歴史に学ぶべきだ。
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資料
http://zaitokuclub.blog.fc2.com/blog-entry-513.html
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「自衛隊反対」を訴える人へ

自衛隊反対には、
戦時に「殺される覚悟」
災害時には「救われない覚悟」が必要です。

貴方方にその「覚悟」があるでしょうか?
災害時、自衛隊は身を削って任務を遂行します。自衛隊無しに我が国の危機管理は成り立ちません。

それを知ってか知らずか堂々と公衆の面前で「自衛隊反対」を唱える輩の精神状態はすでに日本人の魂を売り払った似非日本人です。

2つのエピソードを紹介します。

●阪神淡路大震災を経験した少女の話

自衛隊駐屯地祭に反対運動にやってきた左翼市民団体。
その集団に向かって一人の女子高生とおぼしき少女が向かっていく。

 少女「あんたら地元の人間か?」
 団体「私達は全国から集まった市民団体で・・・云々」
 少女「で、何しにきたんや?」
 団体「憲法違反である自衛隊賛美につながる・・・云々」
 少女「私は神戸の人間や。はるばる電車のって何しにここまで来たかわかるか?」

 団体「・・・・?」

 少女「地震で埋もれた家族を助けてくれたのはここの部隊の人や。
    寒い中ご飯作ってくれて、風呂も沸かしてくれて
    夜は夜で槍持ってパトロールしてくれたのもここの部隊の人や。
    私は、その人たちにお礼を言いに来たんや。
    あんたらにわかるか?
    消防車が来ても通り過ぎるだけの絶望感が。
    でもここの人らは歩いて来てくれはったんや・・・・」

最初、怒鳴り散らすように話し始めた少女は次第に涙声に変わっていった。
あまりにも印象的だったのではっきり覚えている。

団体は撤退。

彼女が門をくぐった時に守衛さんが彼女に社交辞令の軽い敬礼ではなく直立不動のまま敬礼していた。
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●左翼を黙らせた青年の話

ある日曜の午後、街を歩いているとデカデカと『自衛隊反対』と書かれた横断幕を持った10人ぐらいの集団が演説をしていた。先頭に立ちマイクで「自衛隊ハンターイ」「自衛隊は即刻、解体しろー」と叫んでいるのは50代後半と見られる中年の男性だ。

あの男性見覚えがある。確かTV番組で「敵が攻めて来たら、殺すぐらいなら殺される方がマシだ」などとバカなことを言っていた人だ。バカだなぁと思いながら演説を聞いていると、1人の若い男性がつかつかとその演説をしている中年男性の元に歩みよりいきなり拳を振り上げた。

咄嗟に中年男性は両手を上げ、身を守ろうとした。すると若い男性は言った、

「それが自衛隊や。あんたを傷つけようと振りかざしたこの右手やなく、それから身を守ろうとあんたが咄嗟に出したその両手が自衛隊や。」
「あんたは日本からその両手を奪おうとしてるんやで。」

その瞬間まわりで事の一部始終を見ていた人達から拍手が起こり、何も言い返すことが出来なかった中年男性の声にならない声がマイクを通して辺りに虚しく響いた。
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2013年05月09日

敵国である韓国

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

LOTO6をはじめる前に読む本
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「友好国である韓国」という言葉を聞く度に「そんなわけないだろう!」と思うことが常態になってきた。多くの日本国民は、去年の李明博の言動、行動から、「韓国はもうダメだ」と気付いてしまった。「親韓」であったものは「嫌韓」へ、「嫌韓」であったものは「憎韓」に変わってしまったようだ。「憎韓」はそれでもまだ少ないかもしれないが、これも時間の問題であり、政府はこの問題の取扱を間違えると、相互民族憎悪を引き起こすだろう。かなり危ないところまできている。韓国では、既に80%が反日になってきている以上、日本国民がこれに呼応することは間違いないからだ。

日本人は、理屈が通ることであれば、無理な要求でも基本的には温和に解決しようとする。しかしそれが理不尽であると感じた時は、耐えるまで耐え、それでも相手が理解しない場合は、一気に暴発する(チャーチルはそれで戦艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルス、そしてシンガポールを失ったと嘆息している)。その怒りは、相手だけではなく自らも滅ぼしてしまうかのような苛烈な怒りである。怒りに至るまでの沸点は高いのだが、沸点が高い分その反動は大きい。
大東亜戦争がそうであった。日本は元から他国と争うことは好まなかった。最後の最後まで外交努力をしていた。しかし、資源が乏しい日本にとって生綱であった一切の権益を認めないハルノートを突きつけられ、ABCD包囲網という理不尽な所業に、戦争しかないと判断したのだ。まさに国運を掛けての戦いとなった。

戦争当時、朝鮮は「日本」であった。よく間違えられるが植民地ではない。併合であり、それは朝鮮自身も望んでいたことだ。韓国は独立を、日本は、対露、対支那のバッファとして、最終的には独立国としての朝鮮を望んでいた。両国の利害は一致していたのだ。だからこそ基本的に日本と対等と扱い、近代化させなければならなかったのだ。植民地ではない。植民地にするだけの価値は朝鮮にはなかった。欧米からは、「獣」あるいは「半人」の国と看做されていたのだ。資源もないから、何の価値もない「地域」とし欧米は植民地にはしなかった。ただ日本だけが、いわゆるバッファ(緩衝国)としての価値を見出していたに過ぎない。
そして、大東亜戦争は、併合した朝鮮も日本と同じように欧米と戦ったのである。だから、朝鮮も「敗戦国」なのである。それを朝鮮は裏切った。もともと事大主義の朝鮮は、機を見るに敏で、いつの間にか「被害者」として振る舞うようになった。これだけでも怒り心頭に発するというものだが、戦後のどさくさで日本が勝手に動けないことを良いことに、李承晩ラインを勝手に引いて、竹島を侵略した。まさに、福澤諭吉翁の諫言を一顧だにしなかった政府の愚かさを露呈したようなものだ。

それから時が経ち、このままの状態は両国とも好ましくないということで、1965年、一向に独立国としてまともに国を運営できない韓国と「日韓基本条約、請求権及び経済協力協定」を結び、双方の補償請求を行わないことで、戦後処理を終えたのである。その後日本は、韓国の経済状況を救うために、政府として3億ドルの無償、2億ドルの有償支援を行い、民間からも3億ドルの支援を行っている。この額は、当時の韓国のGDPの2倍を超えていた。

『協定第二条1「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」
合意議事録2(g)8項目「対日請求要綱の範囲に属するすべての請求」について「いかなる主張もしえないこととなることが確認された」』


日韓両国とも国際条約として承認し、日韓の戦後処理は終わったのである。
韓国は、この膨大な資金によって「漢江の奇跡」と呼ばれる復興を成し遂げだのだ。韓国人は自慢にしているようだが、GDPの2倍以上の資金があれば、どんな国だって復興か可能だろう、奇跡でも何でもない。

だが、韓国政府は、この「日韓基本条約」について、日本からの援助について何一つ国民に知らせず、あろうことか、反日教育を始める。ありもしない「従軍慰安婦」を捏造し、たかり始めるのである。それどころか、世界に向かってありもしない罪で日本を誹謗中傷するのである。
全くあり得ないが、假にこのような問題が起きたとしても、これは韓国政府自身が補償しなければならない義務である。膨大な資金を復興に使ってしまい、個人補償まではしてこなかったことが問題なのだ。これは日本には何の責任もない。既に決着済みの話だからだ。

半万年もの間、属国として暮らしてきた国とも言えない「地域」に済んでいた民族は、欧米が「獣」、「半人」と看做していた通りだったのである。それは宗主国であった支那からも嫌われ最下の地域として扱われた事実とも符合する。日本だけが、幻想を抱いていたのだ。人の形をしていれば、それは人だろう、と。だが、世界には、人の形をしても人ではない、少なくとも、人間としてのルールを守ることのできない「人」もいるのだ。それを欧米では、「人としてのルールが守れない野蛮人」として「獣」というのである(それはキリスト教の教えから来るのだろう)。

今日韓国経済は、火の車である。早晩行き詰まることだろう。だが、日本政府は、これを助けてはならない。友好国などと馬鹿なことを考えないことだ。もちろん今の政府は分かっているだろうが、状況によっては、欧米から「隣にいるんだからお守りをしろ」と横車を押されるかもしれない。しかし、もう既に朝鮮は、日本が最大の利益だと考えてきたバッファとしては機能しない。むしろ親支那になるだろう。
援助すればするほど、日本は危機に陥る。支援を感謝とは思う民族ではない。取れるならいくらでも搾り取ろうとする。それが「獣」の習性なのだ。

「助けない、教えない、関わらない」という基本原則を守るべきだ。さもないと、覚醒した日本人との殺戮が始まってしまう。大袈裟なことではない。これは避けた方が良いに決まっている。だからこそ、政府が間違った政策をとることを恐れる。近いうちに韓国は3流国に転落する。国際的にも見限られる。60年経ってもまともに国を運営できないのだ。放置すればよいだけのことだ。簡単なことではないか。
友好国ではない(初めからそうだったのかもしれないが)。考えてもみよ。友好国として軍事行動をとれるか?後ろから弾が飛んでくるではないか。韓国を援助するなら、防衛費に使った方がよほど国益に叶う。米国から武器を購入すれば、さらに日本の重要性が増す(いずれは国産を考えなければならないが、当面は)。

米国も西側陣営の韓国をバッファとして今まで看做してきたが、統帥権の返還(2014年)と共に、韓国から次第に軍を退くのではないか。韓国が支那に秋波を送っていることを米国は見逃していない。米国にとって厄介なのは、北朝鮮が核兵器を本格的に開発することだ。これを避けられれば、支那と共謀して金正恩を失脚させ、金正男を傀儡とした政権にし、統一朝鮮にした方が都合が良いのではないだろうか(竹島はその時に奪還する!)。韓国はもはや支那に対峙できるだけの力はない。むしろ米軍の足枷になると考え始めているようだ。支那は統一朝鮮によって米軍と直接対峙せずに済むし、米軍にとっては、いつ支那に寝返るかもしれない韓国のお守りをしなくても済む。こちらの方が北東アジアが安定し資するのではないかと考えてもおかしくはないし、米支双方の思惑と一致しそうだ。
その分日本は、支那の太平洋侵略を防ぐ橋頭堡としての役割が高まるが、これは今現在でも同じことであるから、米と共同で対峙するしかない。米軍との同盟は維持しても、いずれは「独立」しなければならないのは言うまでもないが。

理不尽であろうがなかろうが、ある国がある国に憎悪を抱いているなら、それは伝染し、やがて相互ともに憎悪するようになる。ましてや子々孫々まで反日教育しようとしているのだからからなおさらだ。
これを避けるために、韓国はなるがままに抛っておくべきだ(日本の経済的打撃など微々たるものだ)。幻想を抱いてはいけない。「人」としての重要な要素が欠けているのだ。半万年掛けて作られた性格は変わることはない。DNAに刻まれているかのようだ。それこそ韓国大統領が自ら言うように1000年経ってもだめだろう。それは到底日本人(日本人ばかりではないが)には受け入れることのできない性格である。


微々たる相違を強調されることによってさえ、和気藹々と暮らしていた民族同士が大虐殺をしてしまうのだ。ましてや、憎悪の対象にされている国をや。

相互に殺戮を起こさせないためにも、政府は韓国を助けてはならない。本来なら国交断絶が望ましい
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2013年05月06日

憲法改正(特に9条)

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

LOTO6をはじめる前に読む本
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 日本国憲法が改正され、自衛隊が国防軍(国軍で良いと思うのだが、今の日本人には少々この言葉は意識的に閾が高いから国防軍としたのだろう)となったら、どうなるだろうか。特亜の言うような、侵略国になるとでも言うのだろうか。
 馬鹿な思い違いだ。
 大東亜戦争でさえ日本は最後まで引き起こしたくはなかった。外交の努力を最大限行っている。しかし外交べた(注1)で、しかも欧米各国の強硬な妨碍に悩まされる中、最終的にハルノートを突きつけられ、座視して亡国となるか、リスクを負って危機を打破するかを迫られた。そして戦争によって解決する道を選んだのだ(注2)
 現在の状況は当時とは全く異なる。欧米によって、欠乏する資源の供給を絶たれるというような畏れはまずない(支那とてあからさまな妨碍はできないだろう、現時点では)。自由貿易によってありとあらゆるものを得ることができるのだ。侵略などする必要性などさらさらない。むしろそのようなことをすれば逆にエンバーゴ(禁輸)などの経済的制裁を受けてしまう。友好関係の努力をした方が遙かに目的に叶うのだ。
 だいたい、日本は他国を併合したりして管理することなど、もう懲り懲りで骨の髄から思い知っている。二度とするものか!
 翻って、「帝国陸軍の復活だ!」と騒いでいる支那はどうだ。チベット、ウイグル、モンゴル、タジキスタン、ブータン、直近では、ベトナム、フィリピンが侵略を受けている。日本もその侵略の標的とされている。どちらが、侵略国であるかは、明々白々である。これだけ侵略膨張主義の国は支那だけであろう。軍に依らなければ、経済的にということで、アフリカが狙われ、実際被害を受けている。
 これらの国が何故侵略を受けるのだろうか。膨張主義、中華主義という狂気の思想を持つ支那の問題は当然だが、はっきり言えば、軍事力が弱いからである。「ええ〜っ、外交も弱いんじゃないの」と思われるかもしれないが、外交で解決できなければ、武力を使って脅しを掛けてくるのだ。では、彼の支那によって侵略された国が、例えば、アメリカのような強大な軍事力を持っていたら、果たして、支那は侵略しただろうか。事実上できないし、侵略することすら考えないかもしれない(密かに軍力を増強し時を待つという、考えは持つかもしれないが)。
 だから武力衝突を避けるために軍事力が必要なのだ。「軍事力を持つと戦争が起こる」とボケている人は、もう少し考えた方がよい。侵略しようとする国の軍事力より強大でないと、野望は押さえられないのだ。相手に核兵器があるなら、核武装も一つの手段として考えなければならない。少なくとも軍事力のオプションから外すべきではない。
 なるほと厄介な話である。経済的にも負担が重いし、兵士たちには大きな負担を強いてしまうし、常に緊張状態に置かれるという側面もある。しかし、侵略されたら、経済がどうのこうのという問題ではなくなる。まさに亡国の危機に陥る。特に支那は日本に対して常に敵視しその恨みは半端ではない。日中平和平和条約を結び、ODAによる莫大な経済的協力をしても、それは変わりはしない。「被害者と加害者との関係は1000年経っても変わらない」と言ってのける韓国と全く同じである。元属国がこう言うのであるから、元宗主国が更に過激であっても不思議はない。
 では、侵略されたらどうなるか。まさに殺戮に走るだろう。煽っているのではない、中国の歴史自体が証拠なのだ。中国の歴史は、ある意味「虐殺の歴史」でもある。これは、石平氏の著書「なぜ中国人はこんなに残酷になれるのか」

という著書に詳しく述べられているから是非とも一読されることを願うが、直近の例では、「天安門事件」が挙げられる。自国の民でさえ、共産党に反旗を翻せば、3万人に及ぶ虐殺を行う国なのだ。ましてや日本においてどうなるかは、以て知るべし、であろう。

 国防軍の目的は自衛なのだ。「そう言いながら、敵地ミサイル基地をミサイル発射前に攻撃(プリエンプティブ・アタック、以後PAと略す)するんだろう? 集団的自衛権を行使して他国軍と共同歩調するのだろう?」とさまざまな心配をする向きもあるだろう。しかし、ミサイルは発射されれば、それを迎撃するのは非常に難しい。やはりPAは考えなければならない。イージズ艦からの迎撃用ミサイルSM−3やPAC−3(パトリオットミサイル)もあるが、迎撃率は高いとは言えないからだ。
 他国軍と共同歩調については、東南アジアとの軍事協定は、支那に対する抑止力としてあり得るだろう。それどころかもう少しリーダーシップを取ってくれ、とつつかれる始末だ。
 集団的自衛権はもちろん現時点でも有しているが、行使できない状態だ。実際問題として、同盟国軍が攻撃されたら、それを守ることは必須であろう。我関せずでは、相手からは何のための同盟かと非難され信用は失墜してしまう。具体的な行動をどのように規定するかは、議論しなければならないが、基本的には同盟軍と行動を一にするなら守らない方がおかしい。
 最後に、というか本当は、国防軍としたなら最初に考えなければならないのが、ROE(Rules Of Engagement、交戦規定)である。もちろん現時点で自衛隊としての部隊行動基準はあるのだが、いかんせん自衛隊自身が軍隊とは規定されていないので、基本的に刑法を軸にして規定されている。これは全く防衛軍としてのROEにはそぐわないので、少なくとも「普通の国」、国際的に認められている規定に従って、策定を急ぐ必要があるだろう。そうでなければ、防衛軍とは名ばかりの「張り子の虎」になってしまう。

 日本は今後侵略戦争などすることはない。自衛するためにあらゆる手段を執るに過ぎないのだ。

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(注1)ウィンストン・チャーチル 「対日世界大戦回顧録」より
「日本人は無理な要求をしても怒らず、反論もしない。笑みを浮かべて要求を呑んでくれる。
 (中略)
それでもう一度無理難題を要求すると、またこれも呑んでくれる。すると議会は、いままで以上の要求をしろという。
 無理を承知で要求してみると、今度は笑みを浮かべていた日本人がまったく別人の顔になって、『これほどこちらが譲歩しているのに、そんなことをいうとは、あなたは話のわからない人だ。ここに至っては、刺し違えるしかない』と言って突っかかってくる。
 英国はその後マレー半島沖合いで戦艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルスを日本軍に撃沈され、シンガポールを失った。日本にこれほどの力があったなら、もっと早く発言して欲しかった。日本人は外交を知らない。」

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(注2)あの反日というより日本憎しと復讐の鬼になっていたマッカーサーでさえ、最後には日本は自衛のためにやむなく戦争による解決しか道がなかったことを述べている。

"There is practically nothing indigenous to Japan except the silkworm. They lack cotton, they lack wool, they lack petroleum products, they lack tin, they lack rubber, they lack great many other things, all of which was in the Asiatic basin.
They feared that if those supplies were cut off, there would be 10 to 12 million people unoccupied in Japan. Their purpose, therefore in going to war was largely dictated by security."
「日本は蚕以外には、国産の資源はほとんど何もありません。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油が出ない、スズが無い、ゴムが無い、その他にも多くの資源が欠乏しています。それらすべてのものは、アジア海域に存在していたのです。もし、これら原料の供給が断ち切られたら、1000万から1200万の失業者が発生するだろうことを彼らは恐れました。従って、彼らが戦争を始めた目的は、主として安全保障上の必要に迫られてのことだったのです。」
(昭和26年5月3日、米国議会上院の軍事外交合同委員会で行われた質疑応答の一部)

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2013年04月26日

捏造記事問題

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

LOTO6をはじめる前に読む本
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西村眞悟議員から、とんでもない捏造事件に関する情報を頂きました。
「旧日本軍に殺された司教、列福へ一歩前進」という記事です。
議員から原資料のURLを頂き、調べてみましたところ、日本軍に殺されたどころか、中国の山賊が犯人であり、しかも警察と協力して、日本軍はその山賊を捜索しているのです。
とんでもないデマです。
拡散して下さい。
拙訳で申し訳ありませんが、ご参考にして下さい。

原典資料
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NewYorkTimes.jpg
●BANDITRY IN CHINA A Bishop and Many Priests Kidnapped
(12th November 1937, The Cathoric Herald)

A Bishop and eight missionaries have been abducted by bandits in the Province of Hopei. The report says that Mgr. Hubert Schraven, of the Vincentian Missionaries, and eight of his priests―three French, two Dutch, an Austrian, a Czech and a Portuguese―are being held by the outlaws,

At the same time, details have been received, through the Fides Agency, of the kidnapping of Fr. Gerald Donovan, young American Maryknoll missionary, who was carried off from his mission near Fushun, Manchukuo, on October 5. Fr. Donovan was at Benediction which was being conducted in the mission chapel by another missionary, when he saw a man enter the sacristy. He went to the sacristy to see what the man wanted and found himself face to face, not with one, but with two men, both pointing guns at him. At the same moment, an altar boy entered the sacristy to replenish the coals in the thurible. The bandits took Fr. Donovan and the boy and left the mission by the back gate which gave them easy access to the mountain pass. The priest was last seen disappearing over the mountain with an escort of five bandits; he was still wearing his cassock and surplice. The surplice was later found on the mountain side, badly torn. The thurible, which the altar boy was holding when taken by the outlaws, was also found. The bandits sent back the boy with a note asking for a ransom of 50,000 dollars. The Japanese military, aided by a corps of 2,000 volunteer police, have spread a net throughout the territory to stop the bandits.

The two Franciscan missionaries, Fr. Epiphanius Pegoraro and Bro. Pasquale, taken captive over two years ago when Reds destroyed the Catholic mission and leper asylum at Mosimien, in Sechwan Province are still alive in the hands of the Reds. Bishop Vanni, Vicar Apostolic of Sian, has written to Tatsienlu confirming the report that the two missionaries are being held in Northern Shensi.

The missionaries of the Sacred Heart, working in the mission of Shihtsicn, Kweichow Province, have received official assurance that Fr. Kellner, the young priest taken by bandits a year and a half ago, is dead. Very little news had been received of him after his capture, and all reports were surrounded with uncertainty.

The Bishop of Nottingham blessed and opened, on the 2nd inst., the new club for girls which has been started in Derby Road by the Nottingham branch of the Catholic Women's League. The club will provide a social centre for Catholic girls after leaving school. A special welcome will be extended to such girls from other towns also. At the opening ceremony the Bishop pledged the help of the clergy in ensuring the club's success.

司教と多数の牧師、中国の山賊団によって誘拐される
(1937年11月12日付 The Cathoric Herald)
司教と8人の宣教師はHopei州の山賊によって誘拐された。
報告によると、ラザリスト会宣教師フベルト・シュラーヴェン(Hubert Schraven)と8人の宣教師(フランス人3人、オランダ人2人、オーストリア人、チェコ人、ポルトガル人各一人)が無法者によって拉致された。

同時に、フィデス・エージェンシーによると、10月5日にManchukuoの撫順(Fushun)近くで任務を再開したメリノール(Maryknoll)使節の若きアメリカ人ジェラルド・ドノバン神父が誘拐されたと詳細を述べている。

他の使節団によって行われた聖体降福式で、ドノバン神父は、聖具室に入る男を見た。
聖具室でその男が何をしているのかと入ってみると鉢合わせした男は一人ではなく二人であり、銃を突きつけてきた。
その時、香炉に石炭を補充するために侍者が入ってきた。
山賊は、山道へ抜けやすい布教所の裏口から神父と侍者を連れ去った。

牧師が最後に見たのは、5人の山賊によって山頂に消えたところだ。
神父は、黒の法衣と白袈裟(サープリス)を身につけたままだった。
後に白袈裟は引きちぎられて、山腹で見つかった。
無法者によって連れ去られた侍者が持っていた香炉もまた見つかった。
山賊は5万ドルの身代金を要求する紙切れを持たせ侍者を送り返してきた。
2000人に及ぶ自警団の助けを得、日本軍は山賊を阻止すべく捜索範囲を拡げた。
(関係ないので以下略)

●A BISHOP MURDERED BY CHINESE BANDITS
(26th november 1937, The Catholic Herald)
Eight missionary workers in the Far East, including a bishop, Manager Francis Hubert Schraven, are now officially reported as having been murdered. These victims were kidnapped last month by Chinese bandits at Chengting. Note of their murder has now been conveyed to their families.

Mgr. Schraven, and two others of the murdered band, were Dutchmen. and there were two Frenchmen. also among the victims.

The murdered bishop was a Lazarist. He was raised to the episcopate in 1920, as titular Bishop of Amyclae, and was consecrated in the cathedral at Chengtingfu in the following year.

中国の山賊によって司教、殺害される
(1937年11月26日付 The Catholic Herald)
極東において司教、支配人フランシス・ユベール・シュラーベンを含む8人の伝道者が殺害されていたことが確認された。これら犠牲者は、先月Chengtingの中国人山賊によって誘拐された。殺害されたことは既に家族に伝えられている。

シュラーベンと他、オランダ人2人、フランス人2人が犠牲者の中にいた。
殺害された司祭はラザリスト(Lazarist)だった。
彼はアミクラーエ(Amyclae)名義司教として1920年に監督職になり、次の年Chengtingfuの大聖堂で聖職に任命されていた。

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保存資料
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http://www.cathoshin.com/2013/04/11/schrave
http://www.n-shingo.com/cgibin/msgboard/msgboard.cgi?page=846
今度はカトリック新聞、捏造と闘おう
 まことに憂慮すべき捏造が、カトリック新聞オンラインに掲載され、カトリック信者のネットワークを通じて、
 まず、世界の全カトリック信者とカトリックの総本山であるバチカンが、「日本人は残虐な世界の敵」だと認識し、
 次にそこから世界の全キリスト教徒さらに無数の良識のある人々が、「日本人は異常な残虐性をもつ敵」だと思いかねない事態が進行している。
 世界のキリスト教信者は二十二億人であり、そのうちカトリック信者は十一億六六〇〇万人であり、良識ある人々はそれこそ無数である。
 
 これは、今までの中国と朝鮮・韓国による、南京大虐殺と従軍慰安婦の捏造による反日プロパガンダに加えて、
 日本人は西洋人の聖職者も殺戮していた人類の文明に対する敵だという強烈なプロパガンダを可能にする捏造である。

 このことは、祖国日本を愛する女性(自衛隊佐官)から戴いた手紙によって、靖国神社の参拝を終えた本日朝、教えていただいた。彼女は、知人から、カトリック新聞に気になる記事が掲載されていると指摘され、知るところとなった。
 彼女の了解を得ていないが、一刻も速く、諸兄姉に知っていただきたいと思い、ここに記すことにする。

1(文献1)、
April 11、2013(2013年4月11日)「カトリック新聞オンライン」
 
 見出しは、
「旧日本軍に殺された司教、列福へ一歩前進」
そして、
 「2012年10月に行われた殉教75周年記念式典で、日本からのメッセージを代読する深水正勝神父(手前)」
との説明をつけたオランダでの追悼ミサの写真が掲載されている。
 記事の内容は以下の通り
 
 昭和12年10月に河北省のカトリック施設に日本軍が来て、施設内の200名の女性を引き渡すよう要求し、それを拒否したオランダ人司教以下9名の宣教師を殺害した。
 後日、日本軍の宣撫班のカトリック信者の将校がやってきて、追悼式を実施し、日本軍も参加した。
 昨年2012年10月に日本カトリック司教協議会から派遣された司教が、当時の日本の行為を謝罪した。

2(文献2)、
 1937年11月12日、26日の
 「Catholic Herald」
  1937年11月23日の
 「The New York Tims」 

 彼女は、カトリック新聞オンラインが伝える事件の日付けから当時の「Catholic Herald」と「The New York Tims」の記事を調べた。
 すると、全く逆の次の事実が報道されていた!

 9人のオランダ人聖職者達は、中国の山賊に誘拐され身代金5万ドルを要求された。日本軍は付近の地域一帯を徹底的に捜索して山賊を追い司教を救出しようとし、地元自警団2000人も日本軍に協力したが、誘拐された聖職者は山賊に殺されていた。

 この(資料2)の報道は、当時為されたものであり真実であろう。しかも、事件から七十六年後の(資料1)の記事の奇妙な点も解決する。
 この奇妙な点とは、日本軍将校が殺害された司教の追悼式を実施し日本軍も参加した、という点だ。
 つまり、司教を殺害したのは中国の山賊であり、司教を救出しようとして懸命に付近を捜索したのは日本軍である。従って、日本軍が追悼式を実施しそれに日本軍が参加したのである。
 これが真実だ。
 司教を虐殺したのは中国人である。
 またしてもそれを日本人が為したと捏造され世界に流布されようとしている。誰が捏造しているのか。
 とにかく、この明々白々の捏造を反転攻勢の梃子にして我が日本民族への侮辱を一挙に払拭しなければならない。
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2013年04月23日

亀岡暴走事故、再考

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

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亀岡暴走事故、今日で一年が過ぎた。改めて振り返ってみると、やはりおかしい。
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産経新聞(4/23/2013))
遺族が被害者団体設立

(前略)
…しかし、亀岡の事故では運転少年が過去に無免許運転を繰り返していたことで運転技術があったとされ、同罪の構成要件である「未熟な運転」にあてはまらないと判断された。
(後略)
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無免許運転という「違法行為」が加害者の「利益」になってしまっている。
前にも述べたから繰り返さないが、こんな馬鹿なことはない。無免許運転を繰り返すという、虞犯傾向のある少年を有利にするなどという「解釈」は、実におかしいのだ。だいたい無免許運転を繰り返して捕まえた時点で、既に裁かれていなければならない。そうしなかったのであれば、検察に送らず放置した警察の怠慢は責められてしかるべきだろう。実際このような事故が起こってしまっている。

言うに事欠いて、「自動車運転免許証を所持していてもペーパードライバーであって、運転技術が未熟であれば、危険運転致死傷罪に問う可能性がある」、というのである。言いたいことは分かるが、これを言ってしまえば、「じゃ、自動車の運転を許可するというお墨付きを与える、自動車免許証って一体なんなのさ」と問われることになる。自動車運転免許証自体が不整備であることを自ら述べているのである。
もし「未熟な運転」に当てはまらないというのであれば、逮捕した時点でその少年が、自動車運転免許が取得できるかどうか、試験すればよい。これに合格したらまだ納得はいく(これで良いとは言わないが…)。そうでなければ、「未熟な運転とは言えない」などと軽々しく判断するべきではないし、不合格であれば、「未熟な運転」と看做せばよい、擬制(リーガルフィクション)させればよい。「試験の時体調が悪かった」、「緊張して実力が発揮できなかった」などの抗弁はさせてはいけない。

少年事件の場合、よく「可塑性があるから重い罪は適さない」などと言う人も居るが、それも限度がある。少なくとも人の生き死にに関することは、成人と同等に扱っても良いのではないか。

被害者にとっては、成人であろうが少年であろうが、命を奪われたことには違いないのだから。

少なくとも、菊池寛「恩讐の彼方に」の了海のように主殺しの負い目を一生背負って、敵と狙う実之介の心まで動かすことができるほどの後悔の念を持たせるべきであろう。そうでなければ、「女子高生コンクリート殺人」で罰を受けながらも反省せず、むしろそれを誇らしげに語り、再犯を犯した元少年を想起しても不思議はない。
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2013年04月22日

在日朝鮮人は早急に帰国させるべきだ

ご隠居はんと留はんの「量子力学」珍問答

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「2013/03/27 -- NHKまた韓国寄りの偏向報道か!!!! 在日韓国人金用将を強盗・強姦など多数容疑で逮捕 ⇒ 韓国籍の部分を隠蔽し「金岡隆史容疑者」と日本かのように通名報道。」

在日朝鮮人には、「通名」というのが認められているそうだ。朝鮮名では、「日本社会では何かと不便だろう」、からというので認められているのだろう。端的に言えば、「差別」されないようにという、政府の余計な配慮ということだ。
 しかし、おかしくないか?

朝鮮人は、日本によって強制的に日本式名称に変えられた、名前を奪われた、と言っていなかったか?事ある毎に非難していなかったか?(もちろん事実は、朝鮮人が要望したことが、一時資料によって証明されているが)

とすれば、在日朝鮮人が、「通名」を自ら使うと言うことは、どういう料簡なのだろうか。最大の侮辱を自ら進んで受け入れる、ということになりはしないか。

假に筆者が、逆の立場で、名前を奪われたなら、絶対に朝鮮名など名告りはしない。アイデンティティの問題になるからだ。

在日朝鮮人には、矜恃というものがないのだろうか。

「通名」の問題は、これだけではない。「通名」によって、銀行口座を作ることができてしまう。つまり多数の名で口座が作れてしまうと言うことだ。昨今メネーロンダリングが問題になって、個人は銀行毎には一つの名前でしか口座は持てない。「通名」が必ずしも悪用されるとは言わないが、多くの問題を内包していることは事実だ。

もともと在日朝鮮人というのは、帰国を前提に認可されているものであり、永住させることを目的とはしていない。混乱してしまったのは、強制連行されたという虚偽の負い目を負わされていることから、政府が放置したことが問題なのだ。強制連行と認められたのは、わずか二百名余りであり、他は、自己都合か、密航者であることは分かっていることなのだ。

吉田首相がマッカーサーに充てた書簡で訴えている。

「吉田首相よりマッカーサー元帥宛書信
年月日:1949年(日付不明)
出典:大沼保昭編「《資料と解説》出入国管理法制の成立過程」(『法律時報』第51巻4号96-97ページ)
資料本文:
 総理府 東京

 元帥閣下
 日本の戦後問題のひとつとして、以前は日本国民であり、現在も日本に残留している朝鮮人並びに台湾人に関する問題があります。
 ここでは、さしあたり、台湾人の問題は除外します。彼らはその数も比較的少なく、またほとんど問題を起こしておりません。
 しかし、朝鮮人居住者の問題に関しては、早急に解決をはからなければなりません。彼らは、総数100万人近く、その約半数は不法入国であります。
 私としては、これらすべての朝鮮人がその母国たる半島に帰還するよう期待するものであります。
 その理由は、次の通りであります。
 (1)現在および将来の日本の食糧事情からみて、余分な人口の維持は不可能であります。米国の好意により、日本は大量の食糧を輸入しており、その一部を在日朝鮮人を養うために使用しております。このような輸入は、将来の世代に負担を課すことになります。もちろん、我々は一銭も残さずに償還する決意でありますが、朝鮮人のために負っている対米負債のこの部分を将来の世代に負わせることは不公平であると思われます。
 (2)大多数の朝鮮人は日本経済の復興に全く貢献しておりません。
 (3)さらに悪いことには、朝鮮人の中で犯罪分子は大きな割合を占めております。彼らは、日本の経済法令の常習的違反者であります。
彼らの多くは共産主義者並びにそのシンパで、最も悪辣な種類の政治犯罪を犯す傾向が強く、常時7千名以上が獄中にいるという状態であります。
 戦後の朝鮮人による起訴犯罪事件数は次の通りです。
 年   事件数  朝鮮人関与者数
 1945   5334   8355
(8月15日以降)
 1946   15579  22969
 1947   32178  37778
 1948   17966  32133
(5月31日まで)
 計    71059  91235
 さて、朝鮮人の本国送還に関する私の見解は次の通りであります。
 (1)原則として、すべての朝鮮人を日本政府の費用で本国に送還すべきである。
 (2)日本への残留を希望する朝鮮人は、日本政府の許可を受けなければならない。許可は、日本の経済復興に貢献する能力を有すると思われる朝鮮人に与えられる。
 上述のような見解を、原則的に閣下が御承認くださるならば、私は、朝鮮人の本国帰還に関する予算並びに他の具体的措置を提出するものであります。
           敬具
         吉田 茂


日本国の中に、侮日、反日外国人が居ることは、非常に問題である。獅子身中の虫といっていい。
少々事情は違うが、スウェーデンは積極的に移民を受け入れてきた。しかし、今では失策とされているようで、特にイスラム系移民に国が乗っ取られると危機感があるようだ。

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だいたい、全く違う文化の民族が一つの国に居ることは非常に難しい。言葉が違えば意思の疎通も難しいし、移民の多くは、自らの文化をそのまま持ち込んで、軋轢を生むのである。つまり、国に同化しないのだ。自ら熱望してその国に帰化する者であっても、その文化の違いを受け入れるのには苦労することだろう。ましてやそれを望まず、経済的事情だけで移民してきたら…、推して知るべきだろう。

ルワンダは、フツ族とツチ族が共存していた。農耕民族か遊牧民族かの違いがあるだけで、同じ言語を使い、両部族の堺は曖昧で、対立もなく入り乱れて暮らしていたという。しかし白人が部族間の僅かな違いを煽ることにより、今まで隣家として良好に接していた両部族が、一斉に対立を始めてしまった。後はニュースによってご存じの通り、両部族による虐殺が始まったのである。
僅かな違いでさえ、部族が違うとこのような結果を生んでしまうのである。ましてや、侮日、反日教育を一向に止めない在日朝鮮人が日本にいることは、いつ爆発するか分からない爆弾を抱え込んでいることに等しい。ましてや、先ほど述べたとおり、在日朝鮮人という立場は、帰国させるための方便であり、ポツダム宣言を受け入れた日本としては、「帰国」させなければならない筈のものなのである(解放させなければならないからだ)、しかも朝鮮側は受け入れを認めている。

「外からやってきて、この国が嫌いというのなら帰ればいんだよ」
というスウェーデン人の言葉は、途轍もなく重い。
posted by Serendipity at 15:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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